憂える

 つい先日まではまだ暑かったのに、今日はもう晩秋のような肌寒さだ。そして9月も過ぎてしまった…。私は何をしていたのだろう…という感じだが、気を取り直して新聞(以下、話は朝日新聞)に目を通すと、とんでもない話が載っていた。例の、大阪府の教育基本条例である。

 要は、成果主義に転換して、アジア、特に韓国?に負けない人材を作り上げたい、そのためにはすべてを上からの命令でできるようにする…というそれだけのことのようだ。
 成果主義とは、言い換えれば手っ取り早く実を採りたい主義のことだ。飛び級も、公教育の場であっても優秀な人にはそれなりの教育をすることにも、私は決して反対ではない。しかし、それは教育の一部分でしかない。

 今朝の新聞には、「いつか学校に」という夢を持ちながら日々靴磨きをしている、アフガニスタンの8歳の男の子の写真が載っていた。男の子の父親は字が読めず靴磨きを生業としているという。だから自分は「いつか学校に」と…。また先日の新聞では、外国人が「日本のホームレスは新聞を読んでいる!」と驚いていたという話を読んだ。
 大阪府知事サンが強引にでも押し通そうとしている条例案の前文には、『激化する国際競争に対応』し、『グローバル社会に十分に対応できる人材育成を実現する』と謳っているそうだ。私に言わせれば、これは全く見当違いである。教育とは、国民がより良い人生を送れるような人間に育つよう助けるものだ…と、私は思っている。

 罰則付きの教育基本条例は、言ってみれば「国のために」有無を言わせず命を差し出させる戦争時における徴兵制や特攻隊と同じである。激化する国際競争に勝つために(つまり、お国のために、ってことね)、何が何でも(学力格差は無視してもよい、あとは野となれ山となれ知ったことか、ということかもね?)優秀な人材を確保しろ…と。国のために犠牲になっていい命なんてあっていいのだろうか?しかもそれが生まれる前から運命付けられているなんて、あっていいこと?
2011年10月 2日 10:18 | コメント (0) | トラックバック (0)
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