美談?

 明日17日に改正臓器移植法が施行される。それにあわせた朝日新聞の記事によると、愛知県の病院で子どもの脳死臓器移植の訓練をしたという。それを見学したある病院の高度救命救急センターの人は、「虐待を隠すため、臓器提供という美談に仕立てようとする親がいるかも知れない」との懸念を口にしたらしい。

 この人の認識では臓器提供は美談となるらしいことに、私はとても驚いた。この改正臓器移植法における臓器提供が美談であるわけがないではないか。

 改正臓器移植法では、「臓器を提供する意思が本人にあったかどうか不明な場合、家族の承諾で提供できる」となる。この意味を考えれば、あらゆる人を臓器提供者とすることを前提としているということだ。そしてここで必要とされるのは、”家族の承諾”にすぎない。承諾とは「いいですね?」と問われて「はい、いいです」と答えるだけのことだ。ちなみに美談とは「美しい話。感心すべき立派なおこないについての話」である。臓器提供を美談とするなら、法律が、「これは感心すべき立派なおこない」なのであるからして、つべこべ言わずに臓器を提供せよと国民に迫るに等しいではないか。

 臓器移植は医療であり、臓器は互いに提供し合わなければ成り立たない医療であるというのであれば、人々の感情や意思などは抜きにした、手順を明確にするための法律でいいわけだ。そうしなければ需要と供給のバランスは永久にとれないだろう。そうなれば、美談でもなんでもない。一方でこれは医療だと言いながら、これは感心すべき立派なおこないなのだからと臓器提供を迫られるなんて…私はまっぴらだ。
2010年7月16日 11:38 | コメント (0) | トラックバック (0)
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