自伝本から自伝DVDへ

 このブログのことをすっかり忘れていたわけではないが、少々気力を消失していた。理由は…まぁいろいろとあるのだろうが、生き難い日々である。

 あれよあれよという間に、新しい首相に代わって新しい大臣も就任して、新しい内閣も稼動し始めたと思っていたら、早々に例によって例のごとくの問題が問題視され始め、今朝は今朝で、郵政法案先送りなら辞任すると金融・郵政改革相が吼えた。
 また、その後援会が事務所費で少なくとも30冊以上の漫画本を購入していたといわれる国家戦略担当相は、『適切かと言われると、反省しなければ。ただ、政治資金はそういうものに使うのを禁じていない』と言ったという報道もあったり…。もはや、ただただ「ふ〜ん…」というしかない。

 今朝の朝日新聞の「週間 首都圏」には、「スクリーンで愛を告白し、挙式までしてしまう。そんな劇的な演出が若者の人気を集めている。人生のたそがれを迎え、自分の生涯を映像ドラマ化する人たちもいる」という話が載っていた。

 愛の告白(それに続く結婚も)といえば秘め事だと思っていた私には、到底理解できない昨今の風潮である。若者の場合は、若気の至りということもあるし、小学生の頃から”思い出作り”という言葉にまみれて育った人の行き着く先と思えるが、人生のたそがれ(還暦ごときで”たそがれ”といわれるのはツライネ?)を迎えた人たちまでもが…とはネ。

 団塊の世代と呼ばれる人たちが、自分史DVDを作りそれを観て感涙?聞いているほうが恥ずかしくなる。自宅で一杯やりながら観て感涙?…、あるいは、遺言代わりに子にプレゼント?…、

 このような風潮について立命館大映像学部の教授は、「デジカメやパソコンの普及で映像体験が一般化し映画や劇場が非日常的なものでなくなった。人生の節目のイベント化に映像ツールの活用が加わった」と分析し、「家族や友人と感動を共有したいための工夫の表れ」だと言う。
 映像体験の一般化と、人生のさまざまな場面での映像ツールの活用が可能になったという点は納得がいくが、なぜそこまで他人と感動を共有したがるのかは私には理解し難い。

 20分の映像にまとめられるほど「人生はそんな単純なもんやおまへんで」と、思うけれど。しかも、繰り返し見て感涙するような出来事ばかりでもあるまいにと、思うけれど。

 私自身、還暦を向かえその60年を総括する日々ではあるけれど、それは自宅で(ひとりで、あるいは友人を呼んで)一杯やりながら感涙するためでもなければ、自分の人生への感動を他人にも共有してもらいたいためでもない。終わりを迎えるまでの日々を如何に生き抜くか、それを誤らないために…である、とstoicな私は思っている。
2010年6月11日 8:16 | コメント (0) | トラックバック (0)
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