あなたの生きた時代の向こうに

 その時代を生きた人を通して見る歴史は一面に過ぎないかもしれないが、それらの断片の向こうに多くの出来事を垣間見ることができる。年号と出来事の羅列の歴史の授業はつまらなかったが、断片の向こうに垣間見る歴史は、その時代を生きた人々の息遣いまで聞こえてきそうだ。

 「昨日と明日の間―編集者のノートから」(小尾俊人・著 幻戯書房)を読み始めた。読んだのはまだ50ページほどだが、さすがは編集者だと思わせる文章である。たとえば…”あの頃”を振り返るとあれもこれも思い出し、あれもこれも書きたくなるのが人の常だろう。しかし著者は、言葉少なに語る。厳選され尽くした言葉で語られる”あの時代”は、それゆえ人々が生き生きと立ち現れ私の心を捉える。
 戦争に負け日本がひっくり返った「出来事」は、『完全な「敗戦」であるが、「終戦」の語で、衝撃を和らげた。こういうのが日本の習癖。・悪癖であった』と簡潔に記す。

 『宇佐見英治さんと「同時代」』という文のなかに、宇佐見英治さんの戦中詩集「海に叫ばむ」の「あとがき追記」のことが書いてあった。「戦後短歌をもう決して二度とは作るまいと決心した」宇佐見さんは、その理由を次のように書いているという。
 『戦争の衝撃があまりに強烈だったので、戦争と言葉、毎朝歌わされた「海行かば」の曲調、また先輩詩人や歌人が戦中にかけて次第に理性を失い、鬼畜米英というような語を詩人と称する徒が用いるようになったこと、韻律が蔵する魔力と思考の放擲、定型詩のもつ本来の秩序と転結等について、反省し、なぜ日本の詩歌だけが非人間的戦争謳歌に向かったかを究めねばならぬと思ったからである』…と。読んだ者に背筋を伸ばさねば…!と思わせる言葉である。
2010年1月11日 10:26 | コメント (0) | トラックバック (0)
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