権限と限界

 権限のあるところには必ず限界はある。当然、県知事にも限界はある。宮崎県知事はテレビ番組で「知事としての限界を感じている」として、だから「今回が千載一遇のチャンスじゃないかと…」ということで、「自民党の責任あるポジションを任せて頂きたい」と言ったらしい(その番組は見ていないので詳細は承知していない)。

 この知事さんは、いろいろな点で考え違いをしているのではないか。地方分権の実現などは、当事者である全国知事会が知恵を絞り協力し合って勝ち取るものではないのか。上(国)から与えられた地方分権など、所詮お仕着せではないか。
 自身のタレント知事としての人気と引き換えに「責任あるポジション」を要求するなどということは、どうしてもやりたいなら陰でやってもらいたい。

 千葉市に続いて横須賀市でも、30歳代の若い人が市長になった。全国各地で若い市長が誕生している。30〜40歳代の市長が県を動かし、40〜50歳代の知事が国を動かすようになれば、さまざまな改革の実現も夢でなくなるのではないか。
 すっかり忘れてしまっていたけれど、この国は民主主義の国だ。ことさら民主主義など唱えなくても、民衆(市民・県民・国民)が動けば、モノゴトは動くのである。長らく助役上がりの市長が続いていた千葉市でさえ若い市長を出したのである。その気になれば…できるのだ。

 知事の目は下へ、口は上へ…である。宮崎県知事の場合は、目も口も上を向いている。自民党からの出馬要請を「千載一遇」と捉えるから、野心が丸出しになるのである。トップに立ちさえすれば、なんでも思い通りにできると考えているとしたら、ちょっと問題である。
2009年6月29日 13:34 | コメント (0) | トラックバック (0)
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