読み返す1冊

 しばらく前のことになるが、電車で向かいの席に座ったいわゆる団塊の世代らしき男性が、バッグから取り出して読み始めたのは「武器よさらば」(いわずと知れたアーネスト・ヘミングウェイの作品)の文庫本だった。現代の流れそのもののような光景だった。

 先日NHK-BS2で、アカデミー受賞作品特集の「西部戦線異状なし 完全版」(原作はエリッヒ・マリア・レマルク)を観た。今も私の手元にある文庫本は昭和43年発行(定価170円)の25刷だ。すっかり黄ばんでいる。読み返してみたくなり本棚から取り出したが、昔の文庫本の活字はとても小さい。読めるだろうか…。

 その本だが、私にしては珍しくあちこちに傍線が引いてある。それは、映画の完全版で復活した”反戦的”といわれる部分だ。『憲兵のよ、警察のよ、税金のよ、それが貴様たちの言う国家だ』、『国家というものと故郷というものは、こりゃ同じもんじゃねぇ』、『戦争で得をする奴らがいるに違えねえな』、『戦争の裏にゃあ、確かに戦争で得をしようと思っている奴が隠れてるんだ』、『戦争なんてものは一種の熱病だと思うよ』、『誰も戦争をしたいって奴はねえ。それに急にぽっかり戦争になっちまうじゃねえか。おれたちは戦争なんて、ちっともやりてえと思っちゃいなかったんだ。ほかの奴らだってみんな同じことを言っている……それがどうだ、こうして世界の半分が、夢中になってかかっているじゃねえか』といった会話に傍線が引かれ、また、野戦病院の描写の部分では『今の世の中にこれほどのことがありうるものとすれば、一切の紙に書かれたこと、考えられたことは、すべて無意味だ。この世の中にこれだけの血がほとばしり、幾十万の人間のために苦悩の牢獄が存在することを、過去千年の文化といえども遂にこれを防ぐことができなかったとすれば、この世のすべては嘘であり、無価値であると言わなければならない、野戦病院の示すものこそ、まさに戦争そのものにほかならない』、そしてさらに『僕らはまず兵隊だ。それから後に、恥ずかしながら、辛うじて、ようやく一個の人間なのである』に傍線が引いてあった。

 今、私たちは、少なくとも私は、当然のことのように「私たちはなによりも前に一個の人間である」と言う。しかし、この本の中の”僕たち”は、まずは兵隊で、その後にやっと一個の人間だと言う。しかも、”恥ずかしながら”、”辛うじて”、”ようやく”である。戦争が、”僕たち”にそう言わしめる。戦争とは……。私たちは、何度同じことを繰り返したら学ぶことができるのだろうか。
 
 「西部戦線異状なし」の舞台は、第一次世界大戦が始まったころのドイツである。しかし、テーマは戦争とは…であり、描かれていることは昔のことではない。真理は普遍であり、それを描いているものが文学だ。かつて読んだ人たちが読み返すだけでなく、現代の若い人たちにも薦めたい1冊である。
2008年2月27日 9:53 | コメント (0) | トラックバック (0)
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