連帯

 嫌いな言葉、嫌な言葉、使いたくない言葉はいろいろあるけれど、「連帯責任」というのもそのひとつ。何故嫌いか、嫌か、使いたくないか、というと、最低限自分のことには責任を持たなければならないし、またそれは誰にも可能だが、他人のことなどに責任は持てないからである。「連帯責任」というのは、自己についてだけでなく他人のことにも責任を持てということだ。持てもしないものを持てといわれたら、相互監視をするしかない。相互監視を全うするためには、外れる人が出てきたらリンチしかない。かつてどういう所でどういう状況でその言葉が使われていたかをみればわかることだ。

 「我が国が『テロとの闘い』に再び参加できることは誠に意義深い」と福田さんは言った。これも、国際社会における連帯責任という考えが根底にあるからだろう。アメリカと同じ側に立ち同じ方向を向いていなければ敵とみなすがよいか?というのが国際社会における連帯責任だ。

 横浜市の小学校では、一部の児童の行動に腹を立てた臨時教師が連帯責任だとして担当クラスの全児童をビンタしたらしい。昔の小学校には「連帯責任」はごろごろあったが、今でもそんな言葉を使う教師がいるとは…。現在では体罰はいっさいイケナイことになっているからそれに反しているわけだが、それ以前に体罰をした理由が連帯責任ということにとても嫌な気分になった。
(もっともこの言葉をそこまで気嫌いするのは、私の性格によるところも大きいとは思うけれど…)
2008年1月12日 12:52 | コメント (0) | トラックバック (0)
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