本づきあい

 立派な本棚にずらりと本を並べる蔵書家と呼ばれる人たちがいる。それらには蔵書印がしっかりと押されている。本の数がどんなに多くても、部屋中に積み上げてあるだけでは蔵書家とは呼ばれない。読んだ本の数を誇る読書家と呼ばれる人たちもいる。ひと月に何冊、1年に何冊と目標を決めて読んでいく。目標などなく、ただ本を読むことが好きで、常に何かを読んでいるという人もいる。
 私はそのどちらでもない。人づきあいは全くよくないが、本づきあいはいいのである。子どもの頃に外で遊んだことがない私は、当然の結果として人づきあいがよくない。家にはなんとか全集のようなものがたくさんあったので、読むことには事欠かない。近所の本屋のおばちゃんが毎月届けに来るのは、暮らしの手帳と文芸春秋である。どうかと思うが、母親は家事はまったくしないのに文芸春秋を読む人であった。かくして私は人づきあいは苦手だが、本づきあいは自然にできるようになったのである。
 まもなく夜長月である。読みたい本リストで順番待ちをしているものの中から、まずは「植物一日一題」牧野富太郎著と「台所のラジオ」吉田篤弘著を買おう。久しぶりに大きな書店へ行って買おうか…。大きな書店には本の検索ができるPCが置いてあるが、私はどこかなぁ?このあたりかな?と探すのが好きである。そして見つけたときには、オッ、ありましたありました!といそいそと手に取りレジへ急ぐのである。

2017年8月27日 9:04 | コメント (0)
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