太陽の塔、再び

 太陽の塔の内部の一般公開が始まった…そうだ。何故、今、なのかは知らないが、上野の子パンダ同様に予約しなければ入館できない。しかも予約は、『おかげさまで大変多くの方にお申込みいただき、予約可能枠がほぼ埋まっています。ご了承ください。なお、予約は先着順で入館希望日の4カ月前から受け付けています』という。それでも行きたい、見たいという人がたくさんいるらしい。
 太陽の塔といえば大阪万博、大阪万博といえば1970年である。1970年といえば私は20歳。行きたい見たいということではなかったが、機会があり出かけた記憶がある。ただただ人が多くどの館も行列に次ぐ行列で、何ひとつ見学することはならず、その会場内にいたというだけであった。その当時の太陽の塔は、度肝を抜く奇抜な建造物という印象だった。48年たった現在の太陽の塔はたぶん若い人に受けるだろうなぁと、私でも思う。
 テレビを見ていたら、「大阪万博の時は自分は18歳で、見に行ったけれど人が多くて何も見られなかった」と60代のコメンテーターが話していた。大阪万博、最初の東京オリンピック、東海道新幹線開通…、ある年齢以上の人は必ず「そのとき私は○歳だった」と言う。たぶん…、昔はこういった出来事が鮮明な記憶として残る時代だったのだろう。

2018年3月22日 7:51 | コメント (0)

「本」を読む量の減少

 みすず書房のニュースレターの「壱岐坂だより(みすず書房のスタッフが交代で書いている)」にこんなことが書いてあった。
変化に戸惑い、愚痴るのは老化のあらわれですが、「本」を読む量の減少に気づきはじめてからは、愚痴とばかりは言っていられません。デジタルの時代、変化を嫌うならば、読書の時間は増えても良いはずなのに、です。時間が無いというのが定番の言い訳ですが、一冊も読んでいない月も出てくるようになると、焦りを感じます。「近頃どんな本を読んでいるのか」というなにげない会話にも、いらぬ緊張を強いられることになります。ほかの言い訳もありますが、すべて自分への弁解でしかなくさらに落ち込みが増します。
買うことでプレッシャーをかければ読むかと思い、書評で紹介され、気になる本を購入しますが、実はそうでもなく図書館で借りて、返却期日を気にしながらという方が進んだりもします。先日、購入したある一冊に「本が好き」と書かれた栞が挟まれていました。そっと書店の方が入れてくれたようですが、簡単に「本が好き」などとは言っていられない現在の心境です。

精神衛生と今後のためにさらに理由を考えてみました。物理的な「老化」がもっとも無難ですが、実は、最も大きな理由は日常生活のなかで文字情報を読むことが多すぎるからだとは感じていました。メールのやりとりや情報収集、通販サイト、数限りありません。契約さえもがサイト上でとなれば、いやがうえでも文字(情報)を読み理解しなければなりません。同意しなければその先に進めないので、同意内容までチェックします。もともと人の言うことを素直に聞けない性格ですから、簡単に同意はしたくなく、ますます文字を読み理解するという労力は増え続けます。速すぎる変化へ懸命になって対応したあげく時間はかさみ、疲れていく。私にとってはこれが最大の原因なのです。

大学生が本を読まないと嘆く声は多く、事実読書量は多くはないでしょうが、「なぜ、本でなければいけないのか」と問われれば、知識は本でなければ身につかないと説得力のない答えを用意するしかありません。逆に「なぜ、本でなければいけないのか」と素直に言えることへのうらやましささえ感じてしまいます。今年もJRのダイヤ改正を直前に控え、購読を続けてきた「時刻表」からも遠ざかっているこの頃、ただ「本が好き」と語れる日が来るのを待ちわびています。(mh)

 すぐに手にすることができる場所に置いた「台所のラジオ」(吉田篤弘著 角川春樹事務所ハルキ文庫)と「植物一日一題」(牧野富太郎著 筑摩書房ちくま学芸文庫)を横目でちらちら見ながら、毎日うつうつとした気分に陥っているこの頃である。

2018年3月14日 7:10 | コメント (0)

この部屋を出てゆく

 『この部屋を出てゆく/ぼくの時間の物差しのある部屋を』、『ぼくがかなしいのはむろん/そのためじゃない/大型トラックを頼んでも/運べない思い出を/いっぱい残してゆくからだ』、『かならず/とりにくるよ/』
 今朝の天声人語で紹介されていた、関根弘さんの詩「この部屋を出てゆく」の(天声人語氏による)抜粋である。私も何度か引越しをしたが、思い出を残してゆくというのは理解できない。何故だ?と自分でも思う。これまでに住んだ土地にも家にも部屋にも馴染めなかったからか? 執着もなく何も残さず次の土地へ家へ引っ越してきた。何かから逃れるように?いや、そうではない。前方(恰好をつけて言えば未来、将来か…)しか見ていなかったのだ。周囲の反対を振り切って結婚するために実家を出て西へ…、オットが勤めていた会社が倒産寸前になり新しい勤め先を得てさらに西へ…、子どもが生まれ子育てができる環境を求めて現在の家へ…。
 それにしても、なぜ私は、思い出を残してゆくとかそれをかならずとりにくるよという気持ちが理解できないのだろう? 何故だ?

2018年3月 9日 9:12 | コメント (0)