知らなかったあれとこれ

 「ガースー」とは、官房長官のネット上での呼称だそうだ。ご本人はご存じだったというが、私は知らなかった。全く…知らなかった。枕詞は「安定の」だというから、これはどちらかというと愛称に近いのかもしれない。
 センテナリアンという言葉は、いつから巷にあふれていたのか私は知らない。今朝の新聞で初めて知り、調べてみるとあちらこちらで使われているようだ。今ではもう何万人といる100歳以上の人(百寿者では正確な日本語訳とは言えないか?)のことである。なぜ片仮名のセンテナリアンを使うのか、私は疑問に思う。centenarianと英語で表記してあれば100年は1世紀だからとわかるが、片仮名のセンテナリアン(千手成庵?)では「何?それ…」である。そう思うのは私だけで、いまどきの方々は舌も咬まずにセンテナリアンを連発できるのだろうか…。”めざせ!センテナリアン””我ら、センテナリアン!”…こんな標語は嫌である。
 言い忘れていたが、私は片仮名が苦手。読めない。いや、読めますよォ。でも、長い言葉になると、順序が入れ替わったりしてすんなり読めないのだ。外来語(特に英語)は原語で書いてあれば読みやすいし意味もわかりやすいのに…。

2017年8月15日 8:27 | コメント (0)

きょうは…

 目覚まし時計が鳴る直前、夢を見ていた。火事の夢だった。キッチンの壁から吹き出る炎を、私は必死に消そうとしていた。そばには数人の人がいたがどの人も動揺もせず火を消そうともせず、ぼんやりと立っていたり座り込んでいたりする。私は119番に電話をし、状況を懸命に伝えようとしていた。ふと我に返ると、なぜこんなに人がたくさんいるのだろうと疑問がわいた。そこにいたのは、すでにこの世の人ではない人たちだったのだ。
 私が生まれる前、長姉の下には妹と弟がいたそうだ。祖母の仏壇の横に写真が飾ってあった。今ではもう微かな記憶である。両親からその子たちの話を聞いたことはないが、疎開先で病死したと誰かから聞いた記憶はある。戦死した多くの人々のほかにも、こういう子供たちが数多くいたのだ。今も世界のあちこちではそれは昔のハナシではなく現実であるという事実。
 今朝もいつも通りに起きて、いつも通りにコーヒーを入れ、いつも通りに新聞を開くと、今日は8月15日であった。忙しさにかまけてすっかり忘れていた私に、今朝の夢は多くのことを思い出させた。

2017年8月15日 6:46 | コメント (0)