あすは立秋

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「あすは立秋」というと、なにか心が浮き立つ感があります。

「きょうは立秋」では、ぇ?そうなの?というだけです。この違いは何でしょう?本来、未来のことには期待が含まれるからでしょうか?未来に全く期待が持てない状態は…絶望的、ですね。今の日本はかなり絶望的です。

8月7日の東京新聞社説<原爆忌に考える ふり返って希望を語る>です。
歴史は絶対に変えられないし、変えていいものでもない。だが、歴史に学び、今に働きかける人が増えれば、必ず未来は変えられます。未来を生きる皆さん自身が、「希望」そのものだからです。

時計未来より過去のほうが長くなってしまった私でも、「希望」になることができるでしょうか?

2015年8月 7日 8:43 | コメント (0)