ぬりえ

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昔は子どもの遊び、今はおとなの遊び。昔は「きいちのぬりえ」、今は世界各国のぬりえ

思うところがあって、ぬりえをしようと本(Johanna Basford作「Secret Garden」)と色鉛筆(とりあえず36色)を買いました。この1冊を選んだのは、私の好みの絵だったことと、レースの作品にも共通するものがあると思ったからでした。第一次大人の塗り絵ブームのときは興味が沸きませんでした。好みの絵の本もありませんでした。
<日本版大人の塗り絵では「理論的に」塗ることを要求されるが、外国版大人の塗り絵では「感覚的に」塗ってよい>というようなことをどこかに書いている人がいましたが、私もそう思います。私はどこまでも「感覚的に」塗りたいのです。

アート趣味でレースの作品作りを習っています。レースだから白い糸とは限りません。色の糸も使います。特に絵画的な作品を作る場合は色選びは重要です。私の色使いは論理的ではなく感覚的なので、先生と意見が食い違うことも多々あります。でも、出来上がってそれなりに認めてもらえると、ちょっとうれしいのです。

2015年8月31日 10:03 | コメント (0)

歴史に残る日となるか?

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8/30全国100万人大行動

いわずと知れた「安保関連法案反対・安倍政権退陣」を訴えるものです。14:00、15:00、15:55には、全国で一斉に雄たけびを上げるそうです。群れるのは苦手なので、私はこういったものには参加しません。

手(グー)安保関連法案はうまくいけば廃案になるでしょうし、ごり押しで成立させたところで、実際には使いものにならないのではないかと思っています。
自民党の総裁選では、無投票でアベさんが再選されるとかなんとか言われているようですが、そんなことをすれば自民党の支持率は低下の一途をたどることになるでしょう。冷たい仕打ちが怖くてとりあえずアベさんを…と考えている議員はみな腰抜けです。ここぞというときにこそ一匹狼にならなければ…。
「たまたま総理大臣になってしまった」だけのアベさんですから、国民がもうアベさんではだめだといっているのですから、退陣すべきです。聞く耳を持たない人には何を言っても無駄ですか?

2015年8月30日 13:29 | コメント (0)

スマート国勢調査

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調査手法を進化させ、正確かつ効率的な統計の作成を行うとともに、国民の負担軽減・利便性の向上を図る等の観点から、我が国で初めて全世帯を対象として、オンライン調査を実施。

国勢調査のビッグチャレンジだそうです。それにしても、やっとココまで来たか…という思いです。私はマンションに住んでいますが、調査員は同じマンションの住民です。これがイヤでした。「国勢調査に従事する者には、統計法による守秘義務が課せられています」とはいいますが、100%信用できるとは限りません。
では、オンライン調査なら安心か?というと、そうとも言い切れません。情報漏れなど日常茶飯事ですから…。「国勢調査をよそおったかたり調査にご注意ください」といわれても、だまされる人が出るのでしょう。「調査には非常に高い信頼性が必要です。そのため、国勢調査には回答する義務があります」ですって…。義務といわれても、う〜ん…

手(グー)マイナンバー制度も始まります。コレと併せればどういうことになるのでしょう?めまいが起きそうです…、いえ、実際に今めまいが起きていて、薬を飲んでもなかなか治まらず不調なのです。

2015年8月26日 9:59 | コメント (0)

八重洲ブックセンター

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東京駅八重洲南口向かいにある八重洲本店が1978年9月18日に開業、開店時は日本最大の書店であった。当時流通する20万点の本を常備しようとする構想(展示冊数は40万冊)は画期的なものであったが、一方で日本書店組合連合会の反対にあい、売り場面積を半分にして開業した。(ウィキペデイアより)

開業して間なしの頃に行きました。その頃は私自身が若かったこともあり、その規模に驚き、中2階にはコーヒーショップまであることに衝撃をうけました。それ以後は、東京駅からすぐとわかっていてもなかなか行く機会がありませんでした。先日、伊東屋へ寄ったついでに八重洲ブックセンターにも立ち寄りました。すると、どうしたことでしょう?この程度の規模だったのか…と少し拍子抜けしました。(色彩、デザインの本を少し立ち読みしました。)それでも本の多さはとても魅力的です。今度は時間をかけてゆっくり行きたいです。

東洋経済オンラインに<「自分で本を選べない大人」は、なぜ増えたか>という記事がありました。『店員さんに「この本って私でもわかりますでしょうか?」と聞いてくる人も少なくないという』とは、ソレ本当の話?という気がしないでもありませんが、『これは学力の低下ということではくくれない事態だと思う。基本的に「学ぶ楽しさ」の質が変わったというか、知ることの楽しさが僕たちとは違うということなのだろうか』や、『自分で本を選ぶというようなことをするのは学習にとっては寄り道でしかない』という指摘はうなずけます。『ネット書店でも同じだけれど、書店や図書館というのは恐るべき楽しみに満ちた発見現場なのである』にいたっては、もろ手を挙げて「そうです、そうです!」といいたくなります。

本そういうわけで、大型書店や大きな図書館に1歩足を踏み入れたら…時間は消滅します。気をつけましょう。

2015年8月25日 13:27 | コメント (0)

竹尾のファインペーパー

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紙の専門商社株式会社竹尾のファインペーパー。
「独特のテクスチャーや豊富な色数等、紙そのものが持つ魅力を最大限に活かした紙を、ファインペーパーと呼んでいます」


紙を探しに伊東屋へ行きました。長らく工事中だった店舗が知らない間に完成していました。そこで初めて「竹尾」を知りました。ひとつのフロアが「竹尾見本帖 at ITOYA」です。なんだか、とてつもなくうれしくなりました。
2種類の紙、5色を選び購入しました。
takeopaper.com」では、1枚から買えますし好みのサイズに断裁してもらえるそうです。

イベントスペースでは、「計算するオリガミ 舘知宏 かたちの探察」が開催されていました。『一枚の紙を折るだけで、任意に与えられた複曲面が近似可能となるという理論に基づき、一枚の紙を切ること無く折るだけ(不切一枚折り)』の作品です。難しい理論は理解できなくても「おもしろい!」の極みです。

ひらめき少し気温が下がってきたとはいえまだまだ暑い中、有楽町から東京駅、銀座界隈を12,770歩も歩きまわり疲れましたが、疲れなど吹っ飛ぶほどの収穫がありました。

2015年8月24日 8:44 | コメント (0)

ボタン

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ボタンといえば、核のボタンからワイシャツのボタンまでさまざまありますが、今日はルーシー・リーさんの「1940年代の陶製のボタン」の話です。

千葉市美術館開館20周年記念<没後20年 ルーシー・リー展>に行きました。
2010年6月、国立新美術館での「ルーシー・リー展」についで2度目です。今回はボタンの展示があるとのことでぜひとも観たかったのでした。多くの出展作品が個人のコレクションでした。
観れば観るほどにその形に心を奪われます。その色彩に打ちのめされます。

プレゼントいつもの癖で、アレ欲しい、コレ欲しいと思う作品がたくさんありました。それは叶いませんので、絵葉書を買いました。以前買った絵葉書とあわせて、小さな額に入れて部屋に飾ろうと思います。

2015年8月19日 18:34 | コメント (0)

言葉の奥行き

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「言葉の奥行き」ということばが、寝ても覚めても頭から離れません…

非常に感覚的なハナシなのですが、「言葉の奥行き」を理解し読み取り、自分でも使いこなせるようになることが、つまるところは「教養」なのかなぁ〜という気がしてなりません。

眠い(睡眠)どれほど力説しようと、吹けば飛ぶような言葉では人の心の奥底までは届きません。近頃はそういうのが多いような…?

2015年8月18日 9:27 | コメント (0)

池内紀さん

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1940年生まれ。ドイツ文学者、エッセイスト。

池内さんは、新潮文庫「日本文学100年の名作」の編者のひとりでもあり、瀬戸内寂聴・著「霊柩車」の「読みどころ」の書き手でもあります。
池内さんは、朝日新聞(8/14)に『私の歩んだ戦後70年』を寄稿しています。「国は信用ならないし、他人は頼りにしないのがいい。勉強するのも体験を積むのも自分のため、人の話はよく聞いても、決めるときは自分の考えどおりにする」というのが、池内さんのお母さんの口癖だったそうです。

哲学者カントの「永遠平和のために」が長い歳月を経て国際連合を生み出すもととなり、日本の憲法においては、画期的な「九条」の基本理念となった…と、池内さんは言っています。
カントによると、<平和を根付かせるには、ひとかたならぬ忍耐と知恵が必要だ。しかし、政治家はつねに「自分の信念」を言い立て、「迅速な決断」を誇りつつ、考えていることはひとえに、現在の世界を「支配している権力」に寄りそい、ひいては「自分の利益」を守ることだ>…といっています。
永遠平和のために」イマヌエル・カント(著)、池内 紀 (翻訳) 2015/6/26

本池内さんのお母さんといい、瀬戸内さんのお母さんといい、本音で生きる女性は強いと思います。

談話とは、「ある事柄に関して、非公式にまたは形式ばらずに意見を述べること」と辞典に書いてあります。しかし今ではそれがすっかり形式化し、その結果、内容は空虚になってしまっています。「私は総理大臣なんですから」と言って憚らないアベさんですから、談話でもそれを通せばもっとわかりやすいものになったでしょうに…。

2015年8月15日 7:31 | コメント (0)

「日本文学100年の名作」より

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第5巻に瀬戸内寂聴・著「霊柩車」が入っています。

この著者の作品は、これまで読んだこともなければ読んでみようと思ったこともありません。「霊柩車」を読んだのは数日前でした。
朝日新聞(8/14)「文化・文藝」欄の<寂聴 残された日々 3 防空壕」を読みました。「霊柩車」では父親のことが、「防空壕」では母親のことが書かれています。そのどちらにも、大空襲の夜、防空壕で焼死した母親のことが書かれています。
「私はもういいんです。いやになった。お父さん、孫たち、頼みます。早う、去て。ほら、もう煙がまく」(霊柩車)

縫いあげたばかりの黒デシンのワンピースを着ていたそうです。
同じ話が「防空壕」にも書かれています。
「阿保!何をしとる!早う出んか!」
父が母の腕を摑むと、その手をびしっと払いのけた母が叫んだという。(中略)言うなり父を強い力で突き飛ばした。

寂聴さんは最後にこう記しています。
言わず語らず姉と私は、日本の前途に悲観して母は自殺したのだと思っている。決断力の強い、少しそそっかしい母であった。


夜8月のこの時期、忘れるな、言い伝えよと世を挙げていわれますが、私は苦手です。苦痛です。でも、この次期に寂聴さんのお母様のことを知ったことは救われた気がします。

2015年8月14日 7:03 | コメント (0)

見た目

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外から見たようす・感じ。当然、「他人の目から見た…」ということです。

献血に行くと医師による問診を受けます。昨日は、初めて出会った若い男性医師でした。いつもはかなり年配の男性かそれなりのおとしの女性です。私は少しイヤだなと思いました。相手は一瞬「バァさんが来た」という顔をしました。その後の問診の仕方が、なんというか私を(私のボケ具合を?)確かめるかのようで不快でした。確かに高齢で献血する人の割合は低いでしょうが、献血をする条件が整っているから献血に行くわけです。

「騙されん音頭」で被害に遭いやすい高齢者を対象に福祉施設などで注意を呼びかける(愛媛県)、警視庁と郵便局などが協力し「オレオレ詐欺撲滅パトロール中」というステッカーを貼った郵便車両を走らせるほか、65歳以上の高齢者がいる世帯に被害防止を呼び掛ける暑中見舞いのハガキを送る(調布市)…というように、さまざまな取り組みがされています。銀行の案内係がやたらと話しかけてくるようになったのも詐欺被害防止対策だったのですね。

ちっ(怒った顔)高齢者が高齢者に見られるのは自然なことですが、「高齢者」というだけで「十把一絡げ(いろいろな種類のものを、区別なしにひとまとめにして扱うこと。また、一つ一つ取り上げるほどの価値がないものとしてひとまとめに扱うこと)」に扱われるのは釈然としません。

2015年8月12日 9:13 | コメント (0)

今日も元気に

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朝、気分よく目が覚めると元気が出ます。

昨夜は8時半には寝てしまいました。背中がコチコチにこってしまい限界でした。夜中に目覚めることもなく目覚ましがなる直前に目が覚めました。疲れもとれ元気がでたので、献血へ行きました。献血ルームは冷え冷えしていました。保温剤を握り締め両肩も保温剤で温めながら、バスタオルやタオルケットにくるまって献血しました。この暑さでも何の問題もなく献血できたので、さらに元気がでました。
カジュアルなメガネ屋さんへ行き、近用メガネをもうひとつ作ることにしました。実は私、飽きっぽいところがありまして、毎日使用するメガネなどすぐに飽きてしまいます。かといって、そうたびたび買い換えられるほど安いものではありません。カジュアルなメガネ屋さんは、フレームも3〜4段階の決まった値段でしたし、レンズも3段階でした。普段使いの近用メガネですので、一番高いのから2番目のフレームとレンズを選びました。2万円以内におさまりました。ツルの耳にかける部分が自由に動くものです。これなら長時間かけていても耳が痛くならないでしょうと期待して買うことにしました。寝る前に本を読みたいですし…ね。

わーい(嬉しい顔)元気な日は暑さの中を歩くのもちっとも苦痛ではないのだと気がつきました。

2015年8月11日 16:19 | コメント (0)

誕生日

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毎度おなじみの(?)「あそびをせんとや」さんが、ご家族の誕生日についてちょっと面白いことを書かれています。不思議なめぐり合わせとでもいいますか…。


我が家は全員奇数月の生まれです。同じ月の人はいませんが、連続する奇数です。
私は、誕生月X2が誕生日です。夫も同じです。息子の出産予定日もそうでした。(実際に生まれたのはその12日後でした…)
私は誕生月X5が誕生年(昭和)です。夫は誕生月X3が誕生年です。息子は誕生月X8が誕生年です。

バースデーそれが何か?といわれると困るのですが、それだけの話です。でも、人間も宇宙のなかのひとつの生命体だと思えば、めぐり合うべくしてめぐり合ったのかなぁ〜という気がしてきます。昔の人はそれを「赤い糸」といったようですが…。

2015年8月 9日 21:44 | コメント (0)

120%

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帰省ラッシュが始まりました。新幹線の乗車率は120%などということはよくあります。定員の1.2倍の乗客が乗っているということですね。

アベさんは『安全保障関連法案が成立した場合でも、アメリカが自衛隊に核兵器の輸送を依頼することは「120%あり得ない」と否定した。』と報道されています。
さて、この場合の120%はどういう意味でしょう?否定文の中でつかっているのですから「全くない」とか「絶対ない」という意味でしょうか?でも、120%ですから、万が一にはあり得るかも?…ですね?

むかっ(怒り)「自衛隊に核兵器を運ぶ能力がないことなどから、政策的な判断として核兵器を輸送することはないと強調した」そうですが、運ぶ能力が備わったらどうでしょう?やはり「全くない」とか「絶対ない」とは言っていないのですね?

2015年8月 8日 18:45 | コメント (0)

あすは立秋

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「あすは立秋」というと、なにか心が浮き立つ感があります。

「きょうは立秋」では、ぇ?そうなの?というだけです。この違いは何でしょう?本来、未来のことには期待が含まれるからでしょうか?未来に全く期待が持てない状態は…絶望的、ですね。今の日本はかなり絶望的です。

8月7日の東京新聞社説<原爆忌に考える ふり返って希望を語る>です。
歴史は絶対に変えられないし、変えていいものでもない。だが、歴史に学び、今に働きかける人が増えれば、必ず未来は変えられます。未来を生きる皆さん自身が、「希望」そのものだからです。

時計未来より過去のほうが長くなってしまった私でも、「希望」になることができるでしょうか?

2015年8月 7日 8:43 | コメント (0)

幕張市

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いつこんな市ができたのでしょう?

千葉市長のブログを見ていて知りました。かなり誤解されているようです。
『以前テレビで、ニュースを優しく解説されることで有名なある方が「はい!今日は幕張市にやって来ました!」とおっしゃったこともありました。全国では幕張市があると思っている方が多くいらっしゃり、私は千葉市と幕張が一致するよう意識して幕張のことを発信するようにしています』と書かれています。
雑誌やネット上はいざ知らず、「テレビで」「有名な方が」というのは問題です。多大な影響が出ます。

私は、幕張副都心ができたばかりの幕張もできる前の幕張も知っていますが、見渡す限り何もない草が生い茂った土地に突如出現した近未来都市みたいな感じでした。企業誘致に失敗し、今では高層マンションが多く建っています。
浦安市にある「東京ディズニーランド」といい、千葉市にある「幕張メッセ」といい、なんだかねぇ…という気がします。

右斜め下こういう誤解が、東京オリンピック・パラリンピックなのに「千葉市の施設も使っちゃえ」という認識につながるのでしょう。(そんな気がします)

2015年8月 4日 9:45 | コメント (0)

あるべきやうわ(阿る邊畿夜宇わ)

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「我は後世たすからんと云ふ者に非ず。たゞ現世に、先づあるべきやうにてあらんと云ふ者なり」明恵(みょうえ)

明恵は、「あるべきよう」に現実を直視して生きるべきだと主張したといいます。逃げる場所としての「あの世」など、どこにもないのだ、と。この考え方は私の好みです。

あかあかや あかあかあかや あかあかや
  あかあかあかや あかあかや月  (明恵)

不思議な響きの和歌です。
「あるべきよう」も多くの言葉は不要ということかもしれません。現実を直視すれば「我、如何に生きるべきか」は自ずと決まってきます。多弁である必要はありません。
「感動した!」はいただけませんが、仰ぎ見た月を表現するのに「あかあかや」で十分だったのでしょう。この「あか」は「赤」なのか「明」なのかわかりませんが、和歌のリズムと言葉の音の響きで深い心情が表現されているように思います。

ー(長音記号2)この和歌は、朝日新聞(8/3付)「歌壇」で紹介されていました。

2015年8月 3日 10:03 | コメント (0)

実学

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社会生活に実際に役立つ学問。医学・法律学・経済学・工学など。

文部科学省が全国の国立大学に対し、人文社会科学系の学部・大学院のあり方を見直すよう求めた通知を出したのはツイ最近のことでした。口に出しては言わなくても、「すぐに役に立たない分野は廃止を」「実学だけでよろしい」といっているのと同じことですね。
荒川洋治・著「文学の空気のあるところ」(中央公論新社 2015/6/10発行)の書評「人間性に係わる実学を見渡す」が朝日新聞に載っていました。
荒川さんは「文学は実学だ」と強調しているといいます。「人間性に係わり、人間をつくるものという意味で虚学ではない」と。また、「知識を求めない世界」でも人は生きられるが、「知識が乏しいと、感性も狭まっていきます」とも。

本荒川さんの言葉はいつも鋭い。そこが好きです。この本も読みたいなぁ…。

2015年8月 2日 15:16 | コメント (0)

白紙に返す

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それまでの経緯をなかったものとして、もとの状態に返すこと。白紙に戻すともいう。

白紙に戻せばいいんでしょ?とばかりに「新国立競技場の建設計画」は一からやり直すことになったようです。でも、「それまでの経緯をなかったもの」とはできても、「もとの状態に返すこと」はできません。手をつけてしまったことはそのまま残ります。白紙に戻せばいいというものでもないことは明らかです。

それでも白紙に戻してもらいたいことがあります。それはアベ政権です。
朝日新聞『声』に元消防士の投稿が載っていました。例のたとえ話です。戦場を火災現場にたとえるのは、現実を何も知らない人のすることだとの批判です。火災現場には敵も見方もなく、みんなが火を消すというひとつの目的に向って協力する…と。人命救助を第一に、火災による被害を最小限に。
アベクンとアソウクンに始まる一連のたとえ話は、「なにアホなこと言っているんだ」とあきれます。(この場合の「アホ」は関西弁で言うところの「アホ」です)

むかっ(怒り)この先、アベサンは話せば話すほど墓穴を掘ることになるのは目に見えています。直ちに退陣することが日本のためになることは確かです。国民から「総理大臣はアホや」といわれる前に、気づいてほしいです。

2015年8月 1日 9:04 | コメント (0)