楽しみな雑誌

 始まりはフジモトマサルさんだった。そして、検索して行き着いたのが平凡社のサイトだった。ここで、掘出し物を見つけた。卓上カレンダーがあったのだ。2014年もすでに半年近く過ぎてしまってはいたが、もちろん購入した。久しぶりに平凡社のサイトをつらつら眺めていると、今度は隔月刊雑誌「こころ」が目に留まった。今月発売のvol.19の紹介を見て慌てた。すぐに書店へ飛んで行こうかと思った。でも、近くの書店では見つけることはまずできないだろう。こんなときはアマゾンへ走る。

 これまでに買ったのは今回を含めて4冊だ。まず、vol.1。特集は、漱石「現代日本の開花」100年。次はvol.12.自伝・評伝を愉しむ――「人間」を読むこと、書くこと――。その次はvol.13。串田孫一の時間 美枝子婦人が語る”孫一の素顔”。そして今回のvol.19。保存版 創業100年 平凡社「100人が綴る私の思い出の1冊」だ。思わずふっ、ふっ、ふっと笑みがこぼれる。

 今回の表紙裏は、なんと串田孫一さんはではないか。表紙カットも串田孫一さんだ。よだれが出そうになった。その100人とは、青山南さんに始まり荒川洋治さん、安野光雅さん、加藤千洋さん、金井美恵子さん、佐藤優さん、中村桂子さん、野田正彰さん、野見山暁治さん、村田喜代子さん……等々と続き、そして吉田篤弘さんである。もう、うれしいのなんのって……!
2014年6月22日 20:09 | コメント (0)

冷静に

 来週にも「集団的自衛権の行使を認める旨の閣議決定に踏み切る」と我らが総理大臣が言い張るものだから、新聞もテレビやラジオのニュースも、毎日のように集団的自衛権を取り上げている。私は、取り立てて関心があるというほどではないが、「なんだかね〜」と思うことがないわけではない。

 世界地図をじっくりと眺めればわかると思うが、日本に米軍の基地があるのはアメリカの国土を戦場にしないためだと、私は思っている。私にはアメリカは常に戦争をしている国という感があるが、戦場はいつも他国内である。兵士は別として、一般のアメリカ人が死ぬことはない。死ぬのは巻き添えになった他国民である。9.11テロのときのアメリカの受けたショックの大きさを見れば、アメリカという国がよくわかる。そんなアメリカとの日米同盟は友達同盟などではない。

 アメリカにとっての日本は将棋の駒「歩」と同じ。我らが総理大臣の主張どおりに”おそれ”を基準に行動を起こしてよいとするなら、どんな過剰防衛も行き過ぎた攻撃も許されるということにつながるではないか。それを抑止しているのが我らの憲法ではなかったのか。巧みな言い回しを振りかざし国民を煽っているリーダーほど危険なものはないと、私は思う。
2014年6月21日 6:31 | コメント (0)

それぞれの原点

 生まれてこの方を遡って、最初の記憶は傷痍軍人の姿である。昭和20年代後半のことだ。戦争が終わって数年たっていた。ある人は手足を失い、またある人は失明し、働くにも働けない体になった人たちが白装束で物乞いをしていた。私は幼かったが、そういう人たちの存在が腹立たしくてならなかった。その次の記憶は小学校へ入ったときだ。街中のかなり大きな小学校であったが、校庭にも校舎にも子どもがあふれていた。今でいう団塊の世代の人たちだ。私も子どもの身でありながらそれが耐え難く嫌だった。

 明治生まれの祖母が建てた家で私は生まれた。路地を少し入ったその家のまわりには、長屋と祖母が所有する数軒の借家が並んでいた。私はそこで子ども時代をすごしたが、近所の子どもと外で遊ぶことはなかった。私に与えられた場所は2階の縁側だった。そこに1つの勉強机を縦に置いて妹と半分ずつ使っていた。縁側には大きな全面ガラスの戸が4枚入っていた。まるでショーウインドウだ。見られていたのは私たちだったのかもしれないが、私はいつもそこから外の世界を見ていた。

 今では一般的なことでも、昭和30年代の初めとなると話は違ってくる。小学校入学時の写真に残る私は、大人向けの生地の本格的なスーツを着せられていた。別の写真には、私たち三姉妹がお揃いのオーバーコートを着て写っている。大きな襟と大きなポケットのついた、太い畝の黄色のコーデュロイだ。仕立てを頼んだ家に仮縫いに行っては、いつもおいしいココアをご馳走になったものだ。昭和20年代後半から30年代前半はまだまだ社会全体が貧しく、親は子どもにお手製の服を着せていた。私の家もまた然りではあったが、仮縫い付の仕立て服も着ていたのだ。子ども心に、これはしていいことではないといつも思っていた。ただ、その思いを言葉にすることもできず、言う術も持ってはいなかった。学校へ行っても居心地はよくなかった。まわりの世界と自分自身の境遇を見比べて、家にいても落ち着けなかった。

 そんな私もやがて大人になり親にもなった。しかし、社会を見る目にはあまり変化はないのかもしれない。社会の不条理な面にばかり目がいってしまう。今の総理大臣、アベさんに望むのはただひとつ、社会の不条理な面を見てほしいということ。その社会で生きている人々の生活に思いをはせてもらいたいということ。「国を守る」などと仰々しく言うのはそれからにしてもらいたい、と思う。
2014年6月21日 6:29 | コメント (0)

Linux事始(3)

 さて、Linux事始の最終回は「なるほどナットク!Linuxがわかる本」の内容についてひとこと書いておくとしよう。まずは、Linuxの歴史である。ここではLinuxの生みの親Linus Torvaldsの名を覚えておけばいいだろう。この人は10歳の頃、祖父が持っていた8ビットのマイクロコンピュータに触れたことがきっかけで、その魅力にのめりこんでいったという。8ビットのマイコンといえば、その昔、富士通のFM8で遊んだことがあったと思い出した。夫が同僚から安く譲り受けたものだ。何からなにまで一式そろえて、確か5万円ほどだったと記憶している。本を見ながら線や円を表示したり、ドラえもんの顔を描いたりして遊んだ。おっと…これは余談であった。Linuxの大きな特徴は、オープンソースであるということ。だから、私も使えるわけだ。

 次は、Linuxの仕組みである。ここはざっと読んだが、理解もざっとだ。まぁ、使っていくうちに徐々にわかってくるだろうと、今後に期待することにした。その次はディストリビューションだ。何のことやらさっぱりだが、日本独自のディストリビューションには、[Red Hat Linux系]が3つ、[Debian系]が1つ、[Slackware系]が2つあるそうだ。

 次はいよいよLinuxのインストールだ。これはLinuxのセンセイのスカイプによる遠隔指示ですいすいとことが運んだ。もっとも、事前の予習はみっちりやった上での話しだが。次は…、だんだんと難易度が上がっていく。コマンドシェルとは? …とは? …とは? CUIの利点は遠隔で作業ができるということだ。それによって古いパソコンを活用できるようになる。私の眠っていたパソコンもパッチリと目を覚ます、というわけだ。…と、これはLinuxのセンセイから聞いたことの受け売りである。

 実際にLinuxで作業するときに使うのがviエディタだ。「viエディタとは、テキストを入力する/編集するための比較的単純なプログラムである」と書いてある。比較的簡単な…とは泣かせるではないか。基本のコマンドを覚えれば、あとはちょちょいのちょいだ。でも、基本のものさえもう覚えられない。そのたびに虎の巻を開き「え〜と、なんだっけ?」と探すのだ。それでもいいではないか、そのためのハンドブックではないかと、自分を励ます。

 最後に、「便利なGUI デスクトップの利用」という章もあるのだがこの部分は読まなかった。その理由は、Windowsで間に合っているということと、私の眠っていたパソコンはかなり古いのでLinux GUIがキビキビとは動かないということである。実は、これも受け売り。こうして、「なるほど…」「ナットク!」「わかった!!」で、「なるほどナットク!Linuxがわかる本」を閉じたのであった。
2014年6月13日 6:53 | コメント (0)

Linux事始(2)

 思い返せば、最初にLinuxを勉強してみませんか?といわれたときは、まるで雲をつかむようだった。Linuxとはどんな形をしているのか、どこにあるのか、どのようにして手に入れるのか、さっぱりわからないどころか見当もつかなかった。よくよく聞いてみると何のことはない、WindowsのパソコンでLinuxをダウンロードするだけでよいのだ。CentOSの公式サイトからCentOS6.5をもらってくるだけだ。

 ダウンロードしたら次はインストールだ。この程度のことは私でもわかる。以前使っていたPCにもうひと働きしてもらおう。しかし、この作業は少々難しい。スカイプで遠隔指示を出してもらっての作業となった。最後に「おめでとうございます」と表示が出て、インストールは無事に完了した。こうして私の古いPCはLinuxサーバーに変身したのであった。めでたし、めでたし…。
2014年6月 6日 6:30 | コメント (0)

テレビは変わる

 ケーブルテレビによるデジアナ変換サービスが2015年3月末をもって終了するのに備えて、テレビの買換えを計画し始めたのは5月の初めだった。それからひと月、我が家のテレビも世間並みになった。リビングにはBDレコーダーとモニターを、夫の部屋にはテレビとBDプレーヤーを設置した。レコーダーとプレーヤーはLANケーブルでつながっている。いかにして機器の数を少なくし2部屋でテレビの視聴と録画を可能にするかと考えた結果だ。

 大部分のものはネットで購入したが、リサイクルの必要があるためテレビは家電量販店で購入した。テレビの売り場は大型テレビが所狭しと並んでいた。いわゆる4Kというアレだ。試験放送が今月2日から始まったそうだが、どれくらいの人が購入するのだろう? 4Kテレビを見るための初期費用はかなり高額だ。それに見合うだけの番組が放送されるのかどうかもまだわからない。

 先日、お誘いを受けて、「NHK技研公開2014」に出かけた。さまざまな研究成果の展示やポスターの展示があった。そこでは4Kどころの話ではなく、8Kスーパーハイビジョンである。また、「後方や側方にスピーカーを配置することなくディスプレー周囲に内蔵したスピーカーのみで、22.2マルチチャンネル音響(3次元音響)を再現する技術」を開発しているという。

 難しい技術の話はさておくとしても、その場にはいないのにあたかもいるかのような音響につつまれて、非現実でありながら現実であるかのように迫ってくる映像につつまれるのだ。たとえば長期入院をしている人たちが8Kテレビで森のざわめきや野鳥のさえずりなどを視聴できればきっと元気が出るのではないか。今の私は4Kも8Kもほしいとは思わないが、20年後30年後も生きていたら、もしかしたら欲しいと思うかもしれない。
2014年6月 5日 16:14 | コメント (0)

Linux事始(1)

 Linuxを勉強すると一大決心をしても、本がなければ始まらない。とりあえず1冊と選んだのは、「なるほどナットク!Linuxがわかる本」(吉川明弘著 オーム社)だ。第1版第1刷発行は平成16年だ。私が購入したのは平成25年発行の第8刷だった。それなりに売れている本だ。これなら私でも…と期待が持てる。もう1冊の「PHPプログラミングの教科書」(西沢直樹著 ソフトバンク クリエイティブ株式会社)は、我がパソコンのセンセイが、財布から頂き物の図書カードをおもむろに取り出してプレゼントしてくれた。これで一段とプレッシャーが増す。

 当初の計画では「MySQLコマンドブック」(田中ナルミ,阿部忠光著 ソフトバンククリエイティブ)と「Linuxコマンドブック ビギナーズ」(川口 拓之,下忠 健一,田谷 文彦,三澤 明 著 ソフトバンククリエイティブ)をBOOK OFFで買うことにしていたが、残念ながら手に入れることはできなかった。

 あとには引けぬと勉強を始めた。本を読み、理解できたこととできなかったことを箇条書きにし、センセイに教えを請う。理解できたことは実際にパソコンでやってみる。やったことはノートにメモする。1日経つと忘れる。メモを見て思い出す。その繰り返しで、どうにか「こんにちは」と表示するPHPスクリプトの作成にこぎつけた。

 ここまでくれば、ひと仕事もふた仕事もした気になった。プレッシャーも吹っ飛んだ。三日坊主ではないが、ひと休みだ。そう言い訳してから…何日だっただろう。
2014年6月 2日 14:59 | コメント (0)