思考回路に油を差す

 1月8日付朝日夕刊文化面、文芸批評「衰えゆく言葉を鍛えよ」古井由吉インタビューは久々に読み応えがあった。まさに思考回路に油を差された感じである。内容に関しては、興味を持たれた方は新聞を見ていただければと思うが、なかなかの社会時評である。

 「(歴史・哲学・言語を含めた)文学の欠如とは、言葉の衰えです」と古井さんは言う。「言葉はおのずから人の考えを検証する」ものだが、「その国の歴史の流れの中で自然に展開していく言葉」が、「現代は、歴史から切り離された新造語が、特に経済で多いのではないか」と言う。選挙時の政治家の発言は常套句が並んでいて、変革的な話も常套句でつながるとわからなくなるから、いくら討論してもらちがあかない、と言う。全くその通り、と思う。であるから、「政治も経済も、常套句をほぐして思考の流れに乗る言葉で話すようになれば、一つの変化になるだろう」、と言う。

 政治家に限らず、今では多くの人が常套句をつなぎ合わせた発言しかしていない。空虚である。「言葉はおのずから人の考えを検証する」がゆえに、「思考の流れに乗る言葉で話す」必要がある。なんとすっきりとわかりやすく、今最も重要なことを言い尽くしていることか。つまり、こういうことなのだ。

2013年1月 9日 7:31 | コメント (0)

大失態、しでかすまえに

 毎月第1、第3火曜は習い事に行く日だ。昨日のうちに準備を済ませ出かける気でいた、今朝の8時までは。何気なくカレンダーをながめていて、今日は第1火曜日ではないことにハタッと気づいた。もう少しで行ってしまうところだった。誰も来ない部屋で、あれ〜?なんて思いながら30分ほど時間を無駄にするところだった。それよりも必要のない外出をしてしまうところだった。コレを大失態といわずに何という?人のことをああこうだといえる立場ではなかった。私の場合はまだ自分の範囲内でコトはおさまっているからいいようなものの、こうして「ひと」は老いていくのかと思うとショックである。

 思い起こせば、年末からずっと思い違いをしていたようだ。何度もカレンダーは見ているのに、今日の今日まで気がつかなかった。思い違いというより思い込みだったのだ、私としたことが...。

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  アベさんは年明け早々「有識者会議」を次々と立ち上げたそうだ。なんだかどこかで見た光景のような気がするが...。もしかしたらこの方は、熱しやすく冷めやすい方なのだろうか。あれもします、これもしますと看板を掲げているあいだに息切れするのではないかと思えてくる。この方も大失態をしでかすまえに呼吸を整えたほうがよいのでは...と思えてきた。

2013年1月 8日 9:22 | コメント (0)

2013年も明けまして...

 落ち着いた年を迎えたいものだと願ったこの新年、三が日が過ぎ仕事始めの日、2日遅れの初夢を見た。私がいた場所は病院内(年末は病院ばかり行ってたしね、と納得)、見当たらない財布を捜し求め長い廊下を走り回っていた、という変な夢。

 目が覚めてそんな夢などすっかり忘れていたところ、出勤間際になって「財布がない」と騒ぎ始めた家人。かばんの中は?いつもしまう場所は?とたずねても「ない!ない!」を繰り返すばかり。またか...と思った。昔々から、家人は失くし物落し物忘れ物の常習者である。

 机の引き出しにしまったかも、机の上に置いたのが隙間に落ちたかも、...かも、...かも、...かも。コレもいつものこと。車の中に落としたかも。懐中電灯持参で車の中を探し回ったが、見つからず。財布にはお金のほかに運転免許証、クレジットカード、キャッシュカードも入っていると言う。結局見つけられず、運転免許証不携帯のまま出勤。困った人である。

 午後も3時近くになって電話が鳴った。いやぁ、財布ありました。いつも入れるところに入ってましたよ...だと。このバカタレが...と怒鳴りつけようかと思ったが、そんな気力もうせていた。と、その時、朝の夢を思い出した。予知夢とでもいうのか、将来起きることを夢で見るというのはよくあることだ。たいていは夢の段階ですぐに忘れてしまうのだが。将来といっても近い将来の時もあるし数ヵ月後のこともあるが、その日のうちにというのは初めてだった。今年も落ち着いた日々を過ごすのは無理だと早々に観念した。

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 岩波書店が創業100年にあたって行った「読者が選びぶこの1冊」アンケートの結果が新聞に載っていた。文庫部門の1位は夏目漱石の「こころ」、2位は吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」、3位は中勘助の「銀の匙」だったそうだ。なるほどね。本棚で色褪せていても「処分する気にはなれない1冊」ということか...。あるいは、「一生のあいだに繰り返し読むことがある1冊」ということか。

 私は「この1冊」に選ぶ気はないが、夏目漱石の「こころ」は繰り返し読むことのある1冊ではある。何を思ったかわからないが、昨年末から夜な夜な読んでいるのが「こころ」である。いつ、何度、読んでも引き込まれてしまう。この本の感想文など何歳になっても絶対に書けないが、繰り返し読んでしまうのだ。

 私が持っているのは、岩波ではなく角川文庫であるが、昭和46年9月30日発行の75版である。何度かの引越し、本棚の片付け、本の整理にも生き残った1冊である。むかしの文庫本なので活字も小さい。普通ならもう読めないはずの小さな文字であるのに、一文字一文字まっすぐに目に入ってくるから不思議である。

2013年1月 6日 13:25 | コメント (0)