不穏なり

  先日、水曜日は久しぶりに東京へ行った。新装開館したステーションギャラリーを見に行ったのだが、味も素っ気もないギャラリーに変わってしまっていてがっかりした。丸の内北口も、上を見上げ写真を撮る人でまだまだ賑わっていたが、天井もきれいにはなったが風情は半減という感じ。復元というならしっかりと復元すればいいのになぁ...と思うのは私だけだろうか。

 銀座を歩いていて、まずい日に出かけてきてしまったと思った。何の団体かはよくわからなかったが、それはそれはすごい人数の人たちがのぼりを持ってデモをしていた。何を訴えているのかもよくわからなかったが、延々と続く行列に圧倒された。そして昨日。愛知県で人質をとっての立てこもり事件が起きた。信金に立てこもったからといっても金の要求はなし。「野田首相辞めろ」とかなんとか言ったらしい。危惧していたとおりの事件が起きた。不穏な社会である。

 太陽の党などというふざけた党ができたかと思ったら、大阪市長が「石原さんの息子」になってしまった。ヘアスタイルを変え、Yシャツネクタイスーツスタイルからタートルネックのセーターにジャケットスタイルに変身してしまっただけならまだオワライグサで済むが、主義主張政策まで変えてしまってはそっぽを向かれるだけだ。それでも「石原さんの息子」になるというからには、ご本人にとってはそれなりの「何か」があるのだろう。ツマラナイね。

2012年11月23日 9:22 | コメント (0)

人として...

 いつからこんな世の中になったのだろう...と思うことがしばしばある。文科相はノーベル賞の授賞式のは出席しないのだそうだ。「ノーベル賞で日本人受賞者が出た場合には、文科相が授賞式に出席するのが通例」となっているらしいが、それに逆らいたいらしい。

 何にでも逆らいたい人のようなのでそれでもいいかと思うが、根本的なところで間違っているように思う。時事通信の記事によれば、「(山中教授夫妻からは)自宅に電話もよくいただいている。(授賞式出席は)光栄なことだが、風邪も引きそうだし、個人的に親しく話ができればそれをもって最大の光栄だと思っているので参りません」と言ったとか。

 今回は出席するのが文科相としての仕事、役目である。「風邪も引きそうだし」なんていうのは子どもの言い草だし、「個人的に親しく話ができればそれをもって最大の光栄だと思っているので」なんて、勘違いもはなはだしい。文科相としての仕事を果たさないのは、受賞者に対して失礼。通例に従わなければならない理由はないと言いたいのなら、ソレ相応の欠席の理由を述べてもらいたい、と思う。大臣のアホみたいな発言を私は恥ずかしいと思う。

2012年11月22日 16:27 | コメント (0)

iPad

 ありきたりな言葉、はやいものでもう今年も残すところ2ヶ月を切った。そんな11月の初めにiPad-miniが発売となった。ソノ日に家電量販店に行く私もどうかしている。予約販売だそうだが、店頭には2台ほど展示されていた。

 ふ〜ん、こんなものか...、ケッコウ小さいなぁ...とかナンとか言いながら眺め、もうひとつの大きいiPadの説明をおねえさんにしてもらっては、ほ〜、へ〜、ふむふむ...なんて感心しながら眺め、それじゃぁ...と「iPad2」を購入した私はやはりどうかしている?(予算と使いやすさと使う目的を考えればコレになっただけだが)

 久しぶりに我がパソコンのセンセイを訪ね使い方を教えてもらった。難しくはないが、慣れることが必要。パスワードのことはパスコードと言うらしい。

 

 朝晩は気温が下がり、暖房が必要になるのもまじかだ。早めに加湿器を出した。でも、この加湿器を見るとアノ地震をまざまと思い出す。思い出して苦しくなる。大揺れのなか、加湿器の水がジャッポン!ジャッポン!とあふれ出るのを目にしながら何もできなかった。この「何もできなかった」という思いは後々まで恐怖心と無力さを引きずる。それが辛いのだ。かといって加湿器を出さないわけにも使わないわけにもいかず、困ったことである。実際に被災した人たちの思いはどれほどかと思うことさえ辛い。

2012年11月 4日 9:31 | コメント (0)