夏バージョン

 上野動物園のラマのヒカルくんは暑い夏に備えて毛を刈られたそうだ。称して「 夏バージョンのラマ」。同居のカピバラのソルくんは、毛刈りはしないでプール遊び三昧の日々らしい。きょうで6月DSCN0351.JPGも終わる。

 我が家の夏バージョンはガラスの器に生けたアサガオ。水と日光だけで蕾がここまで育った。窓の外にはすだれで屋根をつくり植木を置いたら、ちょっと眺めるのにいい空間ができた。

 ひとり過ごす土曜の午後、室内の気温は25℃(エアコンなし)湿度は56%、紅茶でも入れようか...と思っていたら、揺れた!

 14時50分頃、千葉県東方沖で地震、震源の深さは約20km、マグニチュードは4.2。まだまだ地震が続く。

2012年6月30日 15:20 | コメント (0)

キョウシュク

 東京都美術館で明日開幕する「マウリッツハイス美術館展」の広告が、毎日のように新聞(私が見たのは朝日)に載る。あのフェルメールの真珠の耳飾りの少女」がふきだし付きで話すのである。今日は「梅雨どきに開幕なんて、なんだか恐縮です。」と言っている。

 このアイデアは若い人(30〜40代?)が思いついたのだろうか。なんともイヤナ感じなのだ。日本では超有名な人気の少女だからといって、そこらへんのキャラクターと同等の扱いはその画家に対して失礼じゃないか、と思う。私はフェルメールが殊更好きというわけではないが、絵画に落書きしているのと同じだ、と思う。

 ソレともう1点、「なんだか恐縮です」という言いまわし。若い人が「恐縮」という言葉をこともなげに会話に使うのはとても感じが悪い。そもそもは丁重な漢語らしいが、漢語を交えるほどの内容もない話し言葉の中で使うのは、どういう了見なのだろう、と思う。

2012年6月29日 8:45 | コメント (0)

おつかい

 おつかいを頼まれた。文字通りのおつかいである。代理で書類を受取りに。代理人の場合は、本人確認をさせていただいております、と。そんなこともあろうかと、健康保険証カードは常時携帯している。行き先はさほど遠いところではなかったが、なにしろ行きにくい場所なのである。

 まずJRの駅でモノレールに乗り換える。モノレールは駅を出るとすぐ大きくカーブしている。吊下げ式のモノレールがグワァ〜ンとカーブするのである。乗るたびに乗るんじゃなかったと後悔する。モノレールを降りると、国道に沿って歩く。人気はほとんどない。大型トラックがズド〜ンズド〜ンと走り抜ける。この道は果てしなく続いているのではないかと思う。埋立地のため道路は恐ろしくまっすぐに伸びている。

 徒歩10分だなんてウソツキ...と思いつつ歩くこと20分? 目的地はタワービルの27階である。高層階用エレベーターでグングン上昇。耳がくわぁ〜んと鳴る。おつかいを済ませ、帰りはJR駅まで歩こうかと思ったが、やはりモノレールに乗ってしまった。そして後悔した。

 さて、コレだけの内容から私がどこへ行ったかわかった人がいたら、すごいね。

2012年6月27日 12:13 | コメント (0)

変身

 昨日の国会中継を見て、イシハラムスコさんの変身ぶりには驚いた。しばらく前から口調がイシハラオヤジさんにそっくりになってきているのには気がついていたが、ここまで変身していたとは...。国会議員といえども、白髪が嫌で茶髪にするのも今流行のフレームのメガネをかけるのも、好きにすればいいと思う。しかし、しかし、しかし、である。幅広エリのストライプのダブルのスーツは見るに耐えない代物だ(はっきり言えば下品)。その姿格好でイシハラオヤジさんそっくりの口調である。いい年をしていまさらイシハラ2世を強調することもあるまいに、と思う。しかし、この変身ぶりである。次期東京都知事にでもなるつもりか...と勘ぐった。

 お金がないから消費税を上げる、消費税を上げれば低所得者は生活に困る、低所得者支援のために現金を給付する...ということらしいが、現金給付のお金はどこから捻出するのだろう。打出の小槌でもあるのだろうか。

 この際だから、イシハラオヤジさんに倣って、寄付でも募れば?シマを買うからと寄付を募っただけでアレだけお金を出す人がいるのなら、愛国心に満ち満ちた人はいくらでもいるだろうから、「国を救うため」という大義名分を掲げて寄付を募れば?と思う。総理大臣名で礼状を出すとでもいえば尚のこと効果的...。皮肉のひとつやふたつ、いやみっつもよっつも言いたくもなるワタシである。

2012年6月26日 9:32 | コメント (0)

シワが怖い

 服のシワはアイロンをかければいい。お顔のシワにはアイロンはかけられないが、お手入れ次第である程度は何とかなる。爪にもシワがよると、この年齢になって知った。縦に波打つように盛り上がるのである。病気か?と不安になったが、老化現象らしい。私もそれだけの年月を生きたということらしい。

 飛行機の機体にもシワがよったというニュースを聞いて驚いた。写真を見ると、まさに爪のシワと同じように波打っているではないか。しかし、コレは長い年月を経てできたシワではない。着陸時に、一瞬にしてできたシワだ。なんとまぁ、恐ろしいことが起きたのだ。

 私は飛行機は苦手だ。できることならば、いや、できるかぎり乗りたくない。狭い空間に長時間閉じ込められるのもいやだし、なにより着陸が怖い。若い頃、怖いもの知らずだった私は、初めての海外、初めての飛行機、にひとりで乗り込んだ。あのときの着陸の怖さは、この世界には怖いものがあるのだぞ、と私に知らしめたのだった。

2012年6月21日 19:00 | コメント (0)

本を読む、本を書く?、映像化する?

 先日図書館で借りた本は次の2冊...

「千日の旅 石上玄一郎アンソロジー」(荒川洋治・編 未知谷 2011年)

...新刊書の棚で目が合った本。当然著者については何も知らなかった。読み始めたばかりだが、引き込まれる。

「絵本画家 天才たちの競作集 永遠の巨匠30人の世界」(新人物往来社・編 2011年)

...これも新刊書の棚でオイデオイデと手招きしていた本。

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 「日本テレビが、購買力のあるシニア世代をターゲットに、人生を映像化する事業に乗り出す」という。「本人のインタビューや思い出の写真を軸に、当時の社会風俗をとらえた映像を織り交ぜ、注文主の人生を一編の映像にする」そうだ。1本(12分程度)45万円だという。"購買力のあるシニア世代"が夫婦で購入すれば90万円、結構な金額だ。

 「年間100本の受注を見込む」ということらしいが、この高齢化社会で購買力のあるシニアはほんの一握りの人たちに過ぎず、そのなかでもモノズキなシニアはこのくらいということ、ね?昨日もまたアマゾンでポチットナをしてしまった私は、購買力のあるシニア世代のひとりに数えられるのかもしれないが、人生の映像化などマッピラだ。

 いつの頃からか、結婚式ではふたりのコレまでの人生の映像を流すのが当たり前とされているようだが、恥ずかしくないのか(私にはとても幼稚に思える)と不思議に思っている。そういう結婚式が一般的ではなかった世代のシニアにも...ということみたい、ね?そんな映像を誰が見るのだろ?誰に見せたいのだろ?シニア世代が自分史を自費出版するというのも私は嫌いだけれど、後から映像化した人生など「作り物」にすぎない。ひとさまのことはどうでもいいようなものだが、何にしても金儲けのターゲットにされるような人間にはなりたくないなぁと思う。

2012年6月17日 10:22 | コメント (0)

気になる言葉、気になる発言

 「これも勉強のうちだ」

容疑者が身柄を確保された蒲田駅に近いマンガ喫茶の向かいにある日本工学院専門学校の先生の言葉。授業を中断しみんなで現場駆けつけ、ツイッターとフェイスブック、動画配信サイト・ユーストリームで現場の状況を発信したと報道されている。

私に言わせれば、ただの野次馬じゃないの。専門学校であれば、そういう場合の野次馬の発信がどのように拡大し収束していくか、またその内容はどのように変化していくか等々を勉強すれば?と思う。

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「6歳未満からの臓器提供に関する厚生労働相のコメント」

ご家族の方々に深い敬意を表したいと言いつつも、コレは非常に政治的な発言のような気がする。

両親のコメントを「世の中の理解を得られる一助となる」と評価しているが、悪いけれど私は理解できないと感じている。その理由は次の1点にある。

脳死臓器移植法は、臓器をただのモノとして扱うといっている。臓器に人格はないから取り出してもよいのだとしている。ところが多くの人は臓器移植を「命が受け継がれる」的な発言をする。

NHK NEWS WEBで読んだが、ご両親は「息子が誰かの体の一部となって、長く生きてくれるのではないかと」とコメントしている。こういう発言を聞くたび、目にするたび、私はとても辛くなる。

6歳未満の子どもは、まだまだ保護しなければならない存在、まだまだ育ていつくしむ必要がある存在だ。「重篤な脳障害をきたしている」と病状の説明を受けた後、家族から臓器提供の申し出があった、と報道されている。このご両親を批判するわけでは決してないが、一般論として考えた場合、きれいごとの陰に育児放棄が隠されることがないかと気にかかる。子どもの脳死判定は慎重に慎重を重ねた上で行われなければならないとしている意味を考えると、いろいろなことが気にかかる。

2012年6月16日 13:50 | コメント (0)

梅雨どき

 もう6月か...と思っている間に、はや13日である。ぼやぼやしていたらあっと言う間もなく6月も終わってしまいそうだ。別にぼやぼやしていたわけではない。毎週病院通いをしていたのだ。私の、ではなくて検査を受ける人の付添い、で。大腸に穴があいて入院し、ついでに狭心症が見つかる。喜ばしいことなのかどうなのかよくわからない。でも、それが病院というところなのだろう。 

 東京電力の家庭向け電気料金の値上げに関しては、経済産業省の有識者会議や公聴会では批判が相次いでいるというのに、早々に『電気料金値上げのお願い』が電気料金請求書・領収証とともに届いた。なんとも気の早いことである。『電気料金値上げのお願い』には、「火力発電の燃料費等の大幅な増加」を値上げの理由として挙げているだけだ。徹底した経営合理化<火力発電の燃料費等の増加、だという。

 「身銭を切る」という言い方があるが、こういう事態を招いた責任はやはり東電にあるわけだから、ここは東電が「身銭を切る」べきだと思うのだけれど?社員給与の一律削減では不十分。

 2006年に「東京電力が巨大津波に襲われた際の被害想定や対策費を見積もっていた」にもかかわらず、社内研修の一環で作った資料だったから実際には何も対策を講じなかったと東電は言っているらしい。言い訳にもならない開き直りである。

 身近にいる石油関係の仕事をしている人は、東電の停止していた火力発電用設備の補修で大忙しの日々だった。配管なんてもうぼろぼろだったということだ。それを直さないことには燃料を送れないということらしい。そういう話を聞いているので「火力発電の燃料費等の大幅な増加」はある程度理解できるが、それを理由に値上げをお願いする前にすべきことがあるでしょ、と言いたい。 

 我が家の6月の電気使用量は昨年の5%減である。7月、8月は10%減を目指そう。といっても、節電のためではない。そんな殊勝な私ではない。電気は要るでしょ?もっと使いたいでしょと言いたげな東電に対するちょっとした抵抗、アテツケである。

2012年6月13日 9:52 | コメント (0)