冬のコンサート

 東京は寒かった。先日の雪が解けずに残っていた。その上を渡る風は、あっという間に体温を奪う。そんな寒い日に出かけたのは、クリスマスプレゼントにランチタイムコンサートのチケットをもらっていたからだ。「RYO TRAKADO Violin Recital」、バッハとテレマンである。
 演奏者自身が言われていたように、前半のバッハは「朝からステーキを2枚食べたような…」重いプログラムであった。あまりの重さにバッハの無伴奏はやはりチェロの方が好きだなぁ〜などと生意気なことを思っていた。あいだに挟まれたテレマンは、さながら「サラダのように…」というのが演奏者の言。最後は、またバッハ(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004)である。しかし、このバッハはすばらしかった。

 全身全霊をかけての演奏に、私はいつの間にか引き込まれていた。バッハの海で、ヴァイオリンの風にのり、私の全細胞は一葉となって漂い舞った。これが感動というものか…。
 ヴァイオリンのイメージとは少し違う音色にこれはなんだろうなぁ?と思い、不思議な弓の動きに、こんな弾き方もあるのか…と思っていたが、演奏終了後のアンコール曲の前のミニミニレクチャーでそのなぞは解けた。ヴァイオリンでの演奏は不可能とされていた和音を弾く技法を発見したのだという。スバラシイ!!との思いをこめて拍手を送ったのはいうまでもない。
2012年1月26日 20:02 | コメント (0) | トラックバック (0)

わからないこと

 東京大学地震研究所の研究チームの試算では、M7級の首都直下地震が今後「4年以内に発生する確率は約70%」、それに対し政府の地震調査研究推進本部の試算では「30年以内に70%程度」、あまりにも違いすぎる。どれほど研究が進んでも確率は確率だ。予測が当たっても怖いし当たらなくても怖いのが地震だ。

 地震対策という面から考えれば、「4年以内に発生する確率は約70%」をとるほうがいい、ということになるだろう。政府が「30年以内に70%程度」というのは、政府がやるべき地震対策が4年以内ではできないということか…。そればらば、各自が自分でできる地震対策を完璧にしておけば安心? でもねぇ、完璧な地震対策なんてありえない…と思う。

 いつどこでどんな規模で起きどんな被害が出るかなんて、事前に言い当てることのできることでもないし…。非常持ち出し用品を完璧に揃え置いてあったとしても、その上には絶対に天井が落ちないなんて誰が言える? 瞬時の判断力、行動力を身につけることは必要と思うけれど、それ以上のことはやりようがないように思える。そのときはそのときだ、生き残る命は生き残るのだし…なんて、言ってはいけないのかなぁ…。
 <地震が起きると、壁を押さえる(そうすれば揺れがおさまると思っている?)私が言っているだけなので、あまりマジメに読まないでクダサイ…。>
2012年1月23日 9:51 | コメント (0) | トラックバック (0)

大根のゆず漬け

 すっかり茶飲みばあさんになってしまった私は、お漬物ばあさんでもある。うおがし銘茶「しゃん」を飲んでは、ああ、お・い・し〜!とつぶやき、近為の柚こぼしを食べては、う〜ん、お・い・し…とつぶやく。うおがし銘茶「しゃん」はいつも頂き物。近為の柚こぼしは自分で購入するが、結構なお値段なのでたまにしか食べられない。

 先日、大根の頂き物があった。4本も。近為の柚こぼしのようなお漬物にできないかと思い、スーパーで探してきたのが「ゆず漬けの素」(つけもと株式会社)。柚こぼしに負けないお漬物になった。はしが止まらない。おいしいお茶と、炊き立てのご飯と、このお漬物があったらもうそれだけで十分。やっぱり私はおばあさんだ。
2012年1月14日 20:07 | コメント (0) | トラックバック (0)

こんな日もある

 気がつけばもう13日だ。私は何をしていたのだろう?なんて、まるでウラシマさんだ。心労の続く毎日で、その日を振り返る余裕など失くしていた。ふと鏡をみれば、そこにはオバアサンがいた。もういちど見直せばそれはワタシだった。ぞっとした。暗い顔をしたオバアサンだ。

 急いで美容室へ駆け込み、髪をカットしてヘアマニキュアもしてもらった。お気に入りの美容師さんが(いまや店長さんだ)「ワカメちゃんにはなっていないから大丈夫です」と言った。硬かった私の表情が一瞬にしてとろけた。最近買ったというとっておきのチョコレートをふた粒、ティッシュにのせて持ってきてくれた。濃厚なスバラシイチョコレートだ。ひと粒で心が落ち着いた。ふた粒で幸せな気分になった(そして、今は涙している)。
2012年1月13日 22:00 | コメント (0) | トラックバック (0)

初夢、初売り、初笑い

 夢をみることもなく目覚めた2日目の朝、朝刊が休みだと気がついた。朝はコーヒーとトースト、それに新聞。仕方なく昨日のをまた開く。読み飛ばしたウォール街のデモの仕掛け人の記事を読む。まだ夜が明けきらず、家族も寝静まっている早朝、一人で過ごす時間は思考の時間でもある。それまでもやもやとしか捉えられなかった事柄が言葉を得るのもそんな時間だ。

 …そして、思った。今年のキーワードは「ほそぼそ」だ。「ほそぼそと生きています」…、それでいいじゃないか。派手さや華やかさはなくても地に足がついている。所詮宝くじなど当たらないのだし、いずれは消費税を上げるというし…。

 うん、そうしよう…と思っていたのに、アップルストアの初売りのお知らせメールを見たとたん買物をしたくなった。ipod専用のスピーカーも欲しくなった。アマゾンへ行くと、セットで買うとスピーカーは10%offになると心憎いささやきが。昨日はお雑煮を食べたし、今日は初売りだから買物をしなくちゃ…なんて、わけのわからない理屈をこねてほぼ衝動買い。私の背中で、もう一人の私が「なにがほそぼそと、だ!」とどやす。
2012年1月 2日 12:50 | コメント (0) | トラックバック (0)

元旦

 除夜の鐘は聞けなかったが、どさっと朝刊が入って新年が明けた。変わらぬ朝ではあるが、カレンダーが新しくなるとやはり年が明けたと実感する。朝刊といえば広告ばかりで、広告のために購読料を払っているのかとむなしくなる。出版社が軒並み顔をそろえて全面広告を出している。

 集英社の広告では、丸谷才一さんが軽やかに笑っている。イマドキ丸谷才一さん?(昨年、文化勲章を受章したのだった)と思うと同時に、フシギな符合に驚いた。昨夜はむかしの本を引っ張り出して、丸谷才一・編「遊びなのか学問か」を読んでいたのだ。
 暮れに本の整理をして、処分するものは処分し、とりあえず残すものは目に見える状態に本棚に収め直した。ベッドの横に低めの奥行きのない本棚を置き、その日の気分で眠りにつく前の本を選べるようにした。そして、昨夜は丸谷才一さんに目がとまったというわけだ。丸谷才一・編「遊びなのか学問か」は、新潮社の「エッセイ・おとなの時間」の1冊だ。1985年発行で、いろいろな人の随筆が編まれている。この頃から私の本選びの基準は変わっていないらしい。
 岩波書店の全面広告では寺田寅彦さんがにこやかに佇んでいた。無駄のない文章の呼吸に触れたいときに読むために、ベッド脇の本棚には「柿の種」が置いてある。
2012年1月 1日 19:25 | コメント (0) | トラックバック (0)