問題点

 辞任した経済産業相のあとをうけて、次の大臣も決まった。こうして一件落着となるのかならないのか…、そんなことはたいして問題ではないような気もするが、世論のなかには少し気になる点は残る。

 先の経済産業相は、「死のまち」と表現した発言を謝罪し辞任した。そして野田首相は、「不穏当な発言」だとして謝罪せよと命じた。人々の心を逆撫でしたことがいけないのか。

 世間の怒りは「なんちゅうことを言うんじゃ!」というもののように見受けられるが、今朝の朝日新聞投書欄には、「鉢呂氏の発言 非難は的外れ」とする70歳の男性の意見が載っていた。深刻な事実を素直に表現しただけではないか、と言うのだ。非難すべきは事実を語った大臣ではなく、そのような事態を招いた者たちだ、と言うのだ。

 私たちの誰某が「死のまち」と言うのは自由だが、大臣であるから許されないのだと、私は思う。立場の問題である。大臣は「深刻な事実を素直に表現」する必要はなく、その深刻な事実をいかにして平常に戻すかを考え、表明しなければならないはずだ。すべきことができていないという点が、大臣として失格とみなされる所以ではないか。政治家は常に公人である。大臣ともなれば、尚更である。その自覚が足りないどころか、全く欠如していたのではないか。「死のまち」だと思ったなどという個人の感想は、ズボンのうしろポケットにでもソットしまっておけばいいのである。
2011年9月13日 9:55 | コメント (0) | トラックバック (0)

タクシー

 ふだんはタクシーなど乗らないが、緊急の場合やその土地に不慣れな場合などは利用することもある。先日のこと、夜間救急病院までタクシーを使った。その帰りもタクシーを呼んだのだが、行き先を告げると道がわからないと言う。20分くらいの距離のところである。道がわからないとはどういうことなんだ?と思った。確かに我がマンションは大きな通りからは奥まったところにある。しかし、タクシーの運転手をするなら、道くらい覚えて欲しいと思うが、無理な注文?

 また、先々日のこと。急いでいたし、荷物も重かったし、不案内な土地だったこともあって、東京の四谷3丁目でタクシーに乗った。行き先を告げると、それはどこだ?と言う。わかっていれば歩く、わからないからタクシーにしたのに…。それはどこだ?住所はわからないのか?とさんざん文句を言った挙句、運転手はおもむろにカーナビを操作した。
 腹が立ったのはそのあとのこと。カーナビでわかったとたん、「あぁ、あそこね、この前の地震で崖が崩れたんですよ…」。知っているなら、何故わからないなどというのだ?!

 そういえば、知り合いと一緒にタクシーに乗ったとき、その知り合いは自分で用意した地図を見ながら、「そこを右」とか、「そこを左」とか、「もう少しまっすぐ」とか、いちいち指示を出していた。いまどきのタクシーは、そこまでしなけりゃいけないのだろうか。余裕のあるときはいいとしても、緊急の場合はそんなことできないじゃぁないか…。
2011年9月10日 17:55 | コメント (0) | トラックバック (0)

台風

 9月といえば台風がつきものだが、今回の台風のあまりにも大きな被害に言葉もなく、胸がふさがる思いがする。ニュースの映像は、先の大津波の被害を思い起こさせる。自然界の、というよりは宇宙の、大きな変化が気候を変えてしまったのか、人間の営みがその限度を超え、その結果として自然界の均衡が崩れたのか、難しいことは私にはわからないが、あまりにも辛すぎる災害だ。

 どじょうだの金魚だの、そんなことはどうでもいい。どじょうも金魚も力を合わせて、被災地の復旧と被災者の支援に専念して欲しい。すでに台風13号も発生し、近づいてきているという。これまでの経験が生かせない事態になってしまったとしたら、私たちはどうすればいいのか………
2011年9月 5日 9:47 | コメント (0) | トラックバック (0)

これも、夏の思い出

 この夏は、日暮里駅から夕焼けだんだんを降り、谷中銀座を通り抜け千駄木へ出る道を何度も往復した。夕焼けだんだんといえば、以前にねこさんたちと遊んだところだ。しかし、年月を経て、ねこさんたちと遊んだ駐車場は、マンションに変わっていた。ねこさんたちの住む場所がなくなっていたのだ。当然、ねこの数はぐっと減っていた。4、5匹といったところか。

 観光客として訪れる谷中銀座はそれなりに興味深いところだが、毎日のように通り抜けていると、鼻についてくる。谷中はもういい、下町ももういい、ただただ、家に帰りたいという想いが募る。我が街が大好きだとか、満足しているというわけではないのだが、帰ってくると本当にほっとするから不思議だ。
2011年9月 2日 12:37 | コメント (0) | トラックバック (0)

もう、9月…?

 私の夏はいずこへ…?と思っている間に、はや9月である。気がつけば、ノダさんが総理大臣になっていた。セミ時雨が、秋の虫の合唱に変わっていた。

 防災の日に合わせたわけではないだろうが、今朝は地震の夢で目が覚めた。
 マンション近くの水路の底が傾いてきたようだ。水位が下がると一部分が干上がるのだ。その面積が徐々に広がっている。これは…なんだろう? 嫌な台風も近づいている。あちこちで土砂崩れの恐れがあるから気をつけよとラジオが伝える。これも心配だ。

 さて、私は…というと、元気は元気だが少々疲れた。まだまだやらねばならぬことがあり、気が重い。でも、先日は久しぶりに図書館へ行った。「庭にくる鳥」(朝永振一郎・著 みすず書房 1996年)を読んだ。本の題名になった「庭にくる鳥」もよかったが、「入院の楽しみ」、「入院の苦しみ」には笑ってしまった。
 思いっきり心配をかけた妻に対して、『本当に、すまんすまん、ごめんごめん、早く気をとりなおして、またもとのように元気になっておくれよ。』と、著者は本の中で言っている。

 多忙な日々に憔悴しきっている私に追い討ちをかけるかのように、夜も更けてから「呼吸が苦しい、夜急診に行」くとゼイゼイヒィヒィしながら言い出す夫も、せめてこのくらいのことを言ってくれたら私とて気をとりなおすのに、咳、痰、呼吸困難に苦しみながらも(禁煙外来で一度は禁煙したのに)禁煙をしない夫に、私の気は休まらない。愚痴をこぼすのは私の信条に反するのだが、ストレス解消のためという言訳も、この際だから許して…ね。
2011年9月 1日 7:25 | コメント (0) | トラックバック (0)