ひとつの主義・ひとつの主張

 昨日の話題に続く…
 朝日夕刊の文化面に、憲法研究者・奥平康弘さんの君が代訴訟に関する批評が載っていた。それによると、判決には補足意見が数多く付けられているという。補足意見というのは、「多数意見の結論に賛成だが、争点について別の説明を加えるなどの方法で、多数意見の補強を試みる手法」なのだそうだ。それは、合憲とする多数意見には論議の余地がありすぎるということの表れだと、筆者は言う。これらの補足意見は、「理不尽で強圧的な行政の後始末を押しつけられた司法の側の悲鳴に近い」とも言う。

 職務命令により教員に対して起立して君が代を斉唱せよというのは、合憲だと判断されたとしても、だからといって単純に、大阪府知事さんの主張は正しいとはとは言えない。補足意見の数と内容が意味するところを十二分に考慮に入れる必要があるのでは…と思うのだけれど?

 さらに引き続いて…
 朝日朝刊の教育面には、学校現場ではどう受け止められているかという取材記事が載っていた。それによると、不起立の教師と生徒の意識にはずれがあるという。生徒側は「君が代の歴史なんて知らん」と言い、不起立の教師側は思いを伝える機会がない」と言っているそうだ。どちらも、今の(これまでの)教育の結果である。
 国が教えたい歴史ではなく、事実としての歴史を、さまざまな捉え方、考え方があるとしたうえで、生徒たちにも考える機会を与えるのが教育ではないのか…と思うのだけれど?
2011年6月29日 10:21 | コメント (0) | トラックバック (0)