読みにくいったらありゃしない

 朝日新聞の活字がまた大きくなった。初めて目にした日には、そのあまりの大きさに思わずのけぞった。活字は、大きければ大きいほど読みやすいというものでもない。バランスというものがある。紙面に対してのバランス、1段に収まる文字数としてのバランス、その他いろいろ。
 文字を読むとき、目は活字の一つ一つを追っているわけではない。流れるように活字を拾って読んでいる。1段の高さは変わらずにここまで活字が大きくなると、視線が流れなくなる。

 私はとっくに老眼だ。これだけ大きな活字にすると老眼鏡が不要となるかというと、老眼の前に遠視である私はまったく読めない。『文字が大きく読みやすくなりました』と自慢げに書いてあるが、本当に、「おお!読みやすくなった!」と歓迎した人はどのくらいいるのだろう?

 「大西科学」というサイトの「成長を続けること」という記事に、おもしろいことが書いてあった。それによれば、1951年〜1981年の文字の大きさは 縦約2.2mm 横約2.8mm だったという。私は中学生になって新聞を読むようになってからというもの、ずっとこれに慣れ親しんでいた。それ以降の文字の拡大に比例して、内容はカスカスになった(特に社説や天声人語などに目立つ)と思うのは私だけ?
2011年4月 3日 9:40 | コメント (0) | トラックバック (0)