本を小脇に抱えて

 GWといっても特に予定はないので、図書館で本を借りてきた。5冊も。以下の通り。どれから読むか分かります?

「田舎者の東京暮らし」(高田宏・著 筑摩書房 1993年)
「編集者放浪記」(高田宏・著 リクルート出版 1988年)
「山へ帰った猫」(高田宏・著 高田雄太・絵 PHP研究所 1991年)
「猫」(クラフト・エヴィング商会プレゼンツ 中央公論新社 2004年)
「文学フシギ帖 ―日本の文学百年を読む」(池内紀・著 岩波新書 2010年)
2011年4月30日 9:32 | コメント (0) | トラックバック (0)

いやぁ〜な気分

 東京都知事に埼玉・千葉の各県知事がくっついて、「節電で特典」をと政府に対して提言したらしい。報道によれば、『節電すると商品券がもらえたり、電気料金が割引されたりする「節電ポイント」の導入』、『「家電エコポイント制度」の再導入』、『パチンコ店など遊技施設の営業時間をずらすこと』などを提言したそうだ。

 電力消費が大きいところの営業時間をずらすなどは工夫次第でできるだろうし、言われるまでもなくそれぞれ検討を始めているだろう。イヤなのは、「節電で特典」を、である。馬じゃあるまいし、目の前にニンジンをぶら下げられたら言うことを聞くとでも?

 かつて米不足の年があったが、ご飯を食べるのを控えたり、がまんしてまずい輸入米を食べたりしたら何か特典があっただろうか。もちろんそんなものはなかったが、仕方がないからそれぞれ工夫したり我慢したりして乗り切ったのではなかったか。需要を満たすだけの供給量が確保できないという点で、電力もお米も同じである。「節電で特典」をなんて…、私には理解できない。

 東京電力と気安く呼んでいるが正式には「東京電力株式会社」であり、Wikipediaによれば「首都圏1都7県(群馬県、栃木県、茨城県、埼玉県、東京都、千葉県、神奈川県、山梨県)、静岡県の富士川以東(富士市の旧富士川町域及び富士宮市の旧芝川町域の一部を含まない)の地域を独占的に事業地域とする電力会社」である。事故は当然のことだが、需要を満たせない事態に陥ったことも、消費者に対してもう少し「申しわけない」という意識があってもいいのではないか、と思う。

 『千葉県市川市と市川市内のすべての自治会は「率先して節電に取り組むことを宣言」し、東京電力に書面で渡した』という記事が、朝日新聞千葉面(4/28付)に載っていた。12項目にも及ぶ節電対策を確認、署名してあるそうだ。(よその)市や自治会が何を宣言しようがいいけれど、ソレを東京電力に書面で渡す必要がどこにあるのか…、私には分からない。宣言書を受け取った東電京葉支社長のコメントは、「非常にありがたい取り組み」というものだ。その様子を写した写真も載っているが、「ズガタカイ」。

 うまく言葉で表現できないのだが、あらゆることが何か変という気がしてならない。いきなりバチンと停電したらイヤだから私も電気の使用には気を使うが、節電を目的にはしない。市や自治会がこぞってする「12項目の節電宣言」なんて、昔の小学校の黒板の上の標語みたいでとてもイヤな気がする。
2011年4月28日 10:15 | コメント (0) | トラックバック (0)

愚にもつかない愚の骨頂

 あまり大きな声では言いたくないが、「東日本大震災復興構想会議」は顔ぶれからして愚の骨頂である。NHKの経営委員会とやらと同じだ。肩書きで選び肩書きで就任している、と見える。今必要なのは、さまざまな具体策と行動力と決断力とそれらを身につけた知恵ではないか。顔ぶれを見ると、議長と議長代理2名のほかに委員が12名、その他に名誉議長なる人までいる。福島、岩手、宮城の各県知事さんは当然としても、その他はコノヒトがなにをするの?と聞きたいような人がずらっと居並ぶ。

 被災者、避難者、そして国民が望むことをしていけばそれでいいではないか…と、私などは単純に思うが、どうなのだろう。悠長に議論などしてから、『会議の議論の結果を、復興に関する指針等に反映させるものとする』というが、議論を待つまでもなく必要としているものは明らかではないか…と、私などは単純に思うが、どうなのだろう。
 朝日新聞「経済気象台」の()氏も言っている。『復興構想は被災現場から』!
2011年4月25日 16:30 | コメント (0) | トラックバック (0)

本に付合う

 先日図書館で借りた本 、「大空と大地へ還りゆく日は」(高田宏・著 河出書房新社 2003年)は五重丸、
「猫のしっぽ」(高田宏・著 高田雄太・絵 新潮社 2000年)も五重丸、「天野忠随筆選」(山田稔・選 編集工房ノア 2006年)は三重丸、「落葉隻語 ことばのかたみ」(多田富雄・著 青土社 2010年)は二重丸といったところ。

 高田宏さんの本は、きっとあなたの気に入ると思いますよと薦められた本だった。大当たりである。この次も2、3冊借りる予定だ。
 「天野忠随筆選」は、選者が山田稔さんだったので借りてみたが、これまた思うところの多い本だった。最後のほうにある「自筆年譜の”日記から”」にあった誕生日の記述は印象的だ。それは、こんなふう。

「誕生日、67歳也。」、「誕生日也。73歳となる。オヤオヤとしずかに驚いてあたりをソッと見廻す如し。」、「今日満にして75歳の誕生日也。おやおやおかしけれども。」、「今日で80歳になる。おかし。」、「82歳になる。何故かおかし。」、「(83歳)…結婚祝いに貰った柱時計がこのごろ急に進み出した。十分進んだりする。それでも忠実にコッチンコッチン働いて間違った時を知らせてくれる。あれからもう53年にもなる。辛度いことならん。それが私にはようく分かる。」(以上『春の帽子』1993年刊「1974年からの略歴」より)…といった具合。

 もうひとつ、とても気に入ったのはこれ。75歳の誕生日の記述の中にある。『大田垣蓮月尼の手紙に「…略…云々――」いい手紙というものはゆっくりしたリズムを持っている。』というその手紙の中のことば、『長寿され候事のみ願ひ上げまゐらせ候』。この言葉を知ってしまったら、お達者で、とか、ご自愛のほど、なんて恥ずかしくて使えなくなる。「大田垣蓮月」で検索すると、なんと杉本秀太郎さんの著書(青幻舎 2004年刊)が出てきた。
2011年4月24日 19:45 | コメント (0) | トラックバック (0)

ひとつの考え方として、

 朝日新聞日曜朝刊の読書面「著者に会いたい」を読んで思うところがいろいろとあり、昨日は1日中考えていた。そして、夜。寝る前の読書は「大空と大地へ還りゆく日は」(高田宏・著 河出書房新社 2003年)。さらに、思うところが増えた。


 「著者に会いたい」は、堀川恵子さんという人。もちろん私は知らない。その本を読む予定もない。その記事は、著書「裁かれた命 死刑囚から届いた手紙」に関してだった。

 強盗殺人事件を起こした青年に対する裁判で、「凶悪で更正は不可能」として死刑が確定し執行された、という。『果たして本当に「凶悪で更正は不可能」だったのだろうか』、『罪を犯した人間が被害者に向き合い、償いのあり方を考えながらも生きることの意味』を、著者は考え続けた、という。
 その青年に対する周囲の評は「まじめだった」そうだ。刑が確定した後、独房から検事へ届いた年賀状には、恨み言はひとつもなくお礼の気持ちが書かれていたそうだ。


 「大空と大地へ還りゆく日は」(高田宏・著 河出書房新社 2003年)のタイトルになった「大空と大地へ還りゆく日は」は、死(「死にごろ」)についての随想(著者、67歳の時)である。また、「山の美と神秘に惹かれて」でも、『胸のうちがしんと澄み、爽快このうえない。こういう冬の朝はとりわけ身も心も再生する気がする』というような冬の山で著者が出会った人は、『まるで「きょうはいい天気ですなぁ」と言うような言い方で、ご自分は末期肝臓癌だと言い、「こんな朝、ここで死にたいものですなあ」とおっしゃった』…と書かれている。その人はしばらくして、「その言葉をほぼ満たして、心しずかに世を去られた」という。著者は、その死をいたむ以上にその人の死をうらやましく思ったという。そして、『みごとな死、すなわち、みごとな生である』と結んでいる。


 「裁かれた命」の、『彼ははたして死に値する極悪人だったのか』という高村薫さんの推薦の言葉、『限られた材料で判断を下さなくてはならないという裁判の大前提、そして人が人を裁くことの不完全さを、裁く側は頭に入れておかなくてはならないと思います』という著者の主張は、本当にそうだろうか。

 以前にも書いたと思うが、人を裁くのではなく犯した罪を裁くのだということ(人が人を裁くことなど、そもそも不可能だと思う)、刑というのは人としての基本的人権を奪うということ(軽い刑ならほんの一部、最も重い刑なら最も重要な権利である生存権)だと、私は思っている。
 
 「強盗殺人事件を起こした青年」は、結果として「恨み言はひとつもなくお礼の気持ちが書かれていた」という年賀状をだし、心しずかに死刑を受け入れたのだろう、と思われる。結果としてそのように死んだ青年を、遡って『彼ははたして死に値する極悪人だったのか』という問いを発するのは、少し視点が違うように思う。この青年は犯した罪を裁かれ、死刑という最も重い刑を言い渡されたのだ。大切なのはこの後である。たぶんこの青年は深く内省したがゆえに、自分の「死にごろ」を受け入れたのではないか。「その死は、すなわち、生である」と知ったのではないか…と思われる。本当に大切なのはここだ、と私は思う。
2011年4月18日 19:35 | コメント (0) | トラックバック (0)

図書館へ

 さっさと朝の家事を済ませて、今日は図書館へ。本日の収穫は…じゃなくて、借りてきたのは、次の4冊。
「落葉隻語 ことばのかたみ」(多田富雄・著 青土社 2010年)
「天野忠随筆選」(山田稔・選 編集工房ノア 2006年)
「大空と大地へ還りゆく日は」(高田宏・著 河出書房新社 2003年)
「猫のしっぽ」(高田宏・著 高田雄太・絵 新潮社 2000年)

 画像の確認 写真は、図書館の隣にある公園。
2011年4月14日 19:17 | コメント (0) | トラックバック (0)

ガラス瓦の礼拝堂

 いまだに続く余震、しかもかなり大きな地震だ。昨日も何度か揺れた。そして今日も。家にいても揺れると怖いので、昨日は久しぶりにお出かけをした。
 出かけた先は、江東区にある東京都現代美術館で開催中の「田窪恭治展 風景芸術」。画家(あっ!また地震!)ではなく美術家と呼ばれる田窪恭治さんの作品は少々理解するのが難しいが、「林檎の礼拝堂」のガラスの瓦はとても魅力的である。

 展示会場では、「林檎の礼拝堂」の映像がチェロの演奏をバックに流されていた。昼間は、礼拝堂のガラスの瓦を通して差し込む太陽の光が内部の壁を照らす。夜になると、礼拝堂の灯りがカラスの瓦を通して闇の大空を照らす。それは、あたかも「ワタシハココニイマス」と言っているかのようだ。フランス、ノルマンディーの辺鄙な一隅で「ワタシハココニイマス」といっている。それは、なんだか涙が出そうになるほどの光景である。しかも、その礼拝堂の建物は十字架の形をしている。
 私には特別な信仰心はないが、広い広い宇宙のなかで、小さな私たちひとりひとりは、それでも「ワタシハココニイマス」と生きている…、ということをジンジンと感じた。
2011年4月13日 13:05 | コメント (0) | トラックバック (0)

今日という日を迎えられた私たちは

 あの日から今日でひと月、ずいぶん暖かくなった。長かったのか短かったのか…、実際のところはよくわからない。いろいろなことにあまり進展がないだけに、すべてが延々と続いている感じだ。そんなどさくさにまぎれて、またしてもあの人が都知事に選ばれた。結果的には選ばれたわけだが、選ばれたのは結果的でしかないともいえる。つまり、誰もが今はそれどころじゃぁないという気分でいる…ということではないだろうか。

 先月の電気使用量のお知らせが来た。使用量(3/9〜4/10)は451kwhだ。昨年の同時期は640kwh。約29%減である。自発的節電と強制的停電で約29%減とすると、この夏の「目標20%減」(私の目標ではなくて命じられた?目標)も、どういう生活になるかおおよその見当はつく。

 さて、その夏の節電に関して、新都知事(ことさら”新”をつける意味はないが、それでもつけたところに意味がある)は、「ほとんど無駄に近い電力消費を抑制しなければ。パチンコやる人も我慢なさい。自動販売機なんてなくても生きていけるじゃない」とかなんとか言ったらしい。
 何を無駄というかは難しい問題である。本当に、難しい問題である。誰が、何を根拠に、ソレを無駄といえるのか、本気で考えたら、やたらと、軽々しく、言えるコトガラではないと思う。

 家庭での節電も、無駄と思うものに電力を消費しないようにしたわけではない。支障の少ないものから順に使用を控えただけである。仕方がないから節電しているけれど、そのために生活習慣は壊れ、気分的にはかなりしんどい思いをしている。「ソレくらいのこと」と叱られるかもしれないが、すべての国民がそんなしんどい思いをせずに生活できるようにするのが、国の勤め。

 「大津市坂本の日吉大社は、防犯対策としても夜間の点灯を続ける必要があるため、環境に配慮して、境内の赤灯籠の灯あかりを白熱電球からLED電球に付け替えた」という記事があった。それによって消費電力は、年間約7500kwだったのが15分の1に減らせるそうだ。つまり…、そういうこと。
2011年4月11日 14:48 | コメント (0) | トラックバック (0)

一事が万事?

 体は地震の揺れを忘れかけていたのに、7日にはまた大きな地震があった。しかも深夜に。携帯電話の緊急地震速報に飛び起きた。大きな揺れがきたが、先月よりは冷静に観察できたように思う。揺れがおさまってからベッドに戻り、ラジオを聴きながら眠ろうとした。ところが、急に寒気がして胃が痛み出した。そして、地震の怖さがひしひしと背中から伝わってきた。自分は冷静だ…と思っていたが、やはり怖かったのだ。

 それでも桜は満開となり、ちょっぴり春らしさも感じられる。それもつかの間、桜が散れば、あっという間に暑い夏(冷夏でなければ猛暑)がやってくる。そろそろ本気で暑さ対策を考えなければならない。各家庭での消費電力を20%減らしつつ夏の暑さに対処するなんて、これはかなりの難問である。電力需要ピーク時に、いかにして電力を消費しないで過ごすか…と考えた場合、日中は家庭でエアコンを使用しないということしかない。家事は早朝に済ませ、日中は外で過ごすしかない。外といっても戸外は暑い。たとえば、大型SCとか、図書館とか、映画館とか、美術館とか、博物館とか、公共の場所へ避暑に行くしかない…のだろうか。

 『政府が今夏の電力不足対策として、「西日本」への家族旅行を勧める節電案を打ち出した』というのも、そういう考え方の延長にあるのだろうが、「西日本へ」というのはあきらかに”余計なひとこと”である。群馬県知事が抗議したというのは当然だろう。こういうのを、被災者(被災地)に対する配慮に欠けるというのでは?
2011年4月 9日 19:34 | コメント (0) | トラックバック (0)

なんだか…寒い

 なんだか寒い。気分が寒いのか、本当に寒いのか…よくわからないが、寒い。4月ってこんなだったかしら?と思う。去年はどうだったのだろう…と調べてみると、4月の中旬になっても春だったり夏だったり冬だったりしていた。今も、夜になるとひざ掛けが手放せない。

 見かけただけで暖かく感じる顔と、見たばかりにすっかり寒くなってしまう顔とがある。近頃は後者が多いように思う。「夏場の電力不足対策としての電気料金の値上げは行うべきではない」という、節電啓発担当相さんの記者会見での様子を見てすっかり寒くなってしまった。コノヒトダイジュブナンダロウカ…?と思う。

 『政府は、夏の電力不足に対応するため、電力の「使用制限」を発動する方針を決めた』という報道もあった。だからといって各家庭での節電は不要というわけではない、という。『予測不能な「大規模停電」を避けるためには、今後も家庭での大幅な節電を』…という。
 「予測不能な」とはどういうことだろう?「想定外」と同様に不可解な言葉である。不可解であると同時に責任逃れ的な言葉である。需要と供給の予測もできずに、よく電力会社がやれるものだ。
2011年4月 5日 20:45 | コメント (0) | トラックバック (0)

読みにくいったらありゃしない

 朝日新聞の活字がまた大きくなった。初めて目にした日には、そのあまりの大きさに思わずのけぞった。活字は、大きければ大きいほど読みやすいというものでもない。バランスというものがある。紙面に対してのバランス、1段に収まる文字数としてのバランス、その他いろいろ。
 文字を読むとき、目は活字の一つ一つを追っているわけではない。流れるように活字を拾って読んでいる。1段の高さは変わらずにここまで活字が大きくなると、視線が流れなくなる。

 私はとっくに老眼だ。これだけ大きな活字にすると老眼鏡が不要となるかというと、老眼の前に遠視である私はまったく読めない。『文字が大きく読みやすくなりました』と自慢げに書いてあるが、本当に、「おお!読みやすくなった!」と歓迎した人はどのくらいいるのだろう?

 「大西科学」というサイトの「成長を続けること」という記事に、おもしろいことが書いてあった。それによれば、1951年〜1981年の文字の大きさは 縦約2.2mm 横約2.8mm だったという。私は中学生になって新聞を読むようになってからというもの、ずっとこれに慣れ親しんでいた。それ以降の文字の拡大に比例して、内容はカスカスになった(特に社説や天声人語などに目立つ)と思うのは私だけ?
2011年4月 3日 9:40 | コメント (0) | トラックバック (0)

桜が咲けば…

 近々東京都現代美術館へ行く計画をたてたのだが、初めて行ったのは2004年、2度目は2005年だった。まだまだ東京を自在に歩けなかった頃だったので、東京都現代美術館といえば「行きにくい場所にある」というのが、私の第一印象だった。だが、今では目的地の最寄の駅を待合せ場所にしても大丈夫だ。6〜7年もたてば、方向音痴の私でも「チョチョイノチョイ」である。清澄白河駅は、JR錦糸町で半蔵門線に乗り換えればすぐ…と、すぐにわかるようになった。もっとも、「2004年発行の東京メトロ出入り口便利帳 駅周辺図入り」(もう、ぼろぼろ)はいまだに手放せないのだが。

 桜が咲けばお花見もしたい。マンションの中庭の桜もちらりほらりと咲き出した。八重洲さくら通りのソメイヨシノも見てみたい。だが、東京都ではお花見自粛令?(飲めや歌えの大騒ぎ付お花見のこと?)が出たらしい。
 「この時期に昼間だろうと花見で酒飲んでる時代じゃない。東京で花見なんかするわけには、絶対にいかない」と、都知事さんは相変わらすである。「被災者に配慮して今春の花見は自粛すべきだ」と言っているらしい。さらに、「今ごろ、花見じゃない。同胞の痛みを分かち合うことで初めて連帯感が出来てくる」とものたまっているそうだ。

 文字通り「被災者に配慮」すれば、私は食事はのどを通らなくなるし、夜もベッドでぬくぬく眠れないし、お風呂にもとてもじゃないが入れない。しかし、痛みを分かち合う気持ちがあればこそ、私は「うさこちゃんのふた粒の涙」に涙したのだ。3月29日付朝日新聞夕刊の「あるきだす言葉たち」にあった、「afterward]という松浦寿輝さんの詩に深くこうべをたれたのだ。
2011年4月 2日 15:29 | コメント (0) | トラックバック (0)

さぁて…と、

 今日から4月。いろいろなところで新年度の第1日目。さて!とか、さあ!とか言う日だ。いろいろな考え方があり、さまざまな感じ方があるだろうから何ともいえないが、心をほぐすことも大切。4月1日といえばエープリルフールを楽しむ日。
 産経ニュースの「海外こぼれ話」に、『猫のど自慢 通常の16倍 ギネス申請中』記事が載っていた。『その声は「芝刈り機」「数キロ先の大型旅客機」「怒ったハトの鳴き声」などと形容される大きさだ』という猫がロンドンにはいるそうだ。真偽のほどは知らないが、こんな話題を楽しむのもいい。
2011年4月 1日 14:58 | コメント (0) | トラックバック (0)