家族連れ優先

 JR東海は、年末年始の10日間、東海道新幹線の39本にファミリー専用車両を設ける(1日2本、各1両)と発表したという。その目的は、「子ども連れでも他の乗客に気兼ねせずに利用してほしい」というものだ。以前新聞に、「新幹線に家族連れ優先車両を」と投稿したあのおばあちゃまはさぞかしお喜びのことだろう。

 でもね、私はやはりひっかかるのだ、「子ども連れでも他の乗客に気兼ねせずに利用してほしい」という言い分が、ね。人間社会から「気兼ね」をなくしたらどうなると思う…?電車の中でお化粧はするは、バリボリ音を立ててスナック菓子を一袋平らげるは、脛毛をそるかどうかの相談を声高にするは…となるのでは?
 親がまわりの人に気兼ねしている様子を子供に見せることで、子供は「おそと」と「おうち」は違うのだと学ぶのでは?(もっとも、ここで忘れてはならないのは、まわりの人たちは寛容さ、寛大さを持ちあわせていなければならないということだが)「家族連れ優先車両」は、子供が社会でさまざまなことを学ぶ機会を奪うことになる。大人が、社会が、一番してはならないことは、子供の学ぶ機会を奪うことだ…と、私は思うのだけれど。

 そんなことを考えていたら、gooの教えて!ウオッチャーというのに『バスで「子供を静かにして」と注意されたら?』という話が載っていた。
 『朝の通勤時間帯のバスに、2歳の子供連れの親子が乗車してきた。子供が泣き出し、母親がなだめたが泣き止む気配がない。その時、バスの運転手が車内アナウンスで「お子さんを静かにさせてください。アナウンスが聞こえなくなります」と言った。質問者は「どうして目くじらをたてるのだろう」と思い、「この運転手さんの行為は、当然ですか?行き過ぎですか?」という質問を投稿した』という。それに対する回答者の意見の争点は、子供がいる・いない人同士の考え方の相違から親の躾にまで及んだそうが、子供がいるかいないかや親の躾云々で論じる問題ではなさそうな気もするのだが。ひとりひとりの大人がどんな社会をつくりたいと思っているかが問われているのだと思うけれど…、どうなのだろう。
2010年11月13日 10:24 | コメント (0) | トラックバック (0)