つらつら思うところ

 図書館からの帰りに駅のホームで電車を待っていると、小さな男の声が聞こえてきた。「こんなしあわせなひがくるなんておもわなかったでしょう」?と振り返ると、母親と手を繋いだ就学前らしい男の子だった。「おかあさんがおやすみでもぼくがいないと………」と言っている。水筒をさげた男の子は久しぶりの母親とのお出かけだったのかもしれない。母親の返答やその続きを聞きたかったが遠慮した。たぶんこの男の子は電車の中で騒いだりして他の乗客に迷惑をかけることはないだろうと思った。

 今朝の新聞で、「新幹線に家族連れ優先車両を」という投稿を読んだ。身重の娘から、2歳の子どもを連れて京都から東京まで帰るときグリーン車の一番前の端の席を取ったにもかかわらず、子どもがうるさいと客から苦情があったからしずかにさせてほしと車掌から注意されたと聞いたおばあちゃまの投稿だった。『他の乗客の目を気にせず互いに気持ちよく乗るため、新幹線に「家族連れ優先車両」を常時設けてはどうか』と提案しているのだ。

 心情的にはわからないこともないが、それは何の解決にもならないのではないかと思う。言葉じりをとったり揚げ足をとったりするつもりは毛頭ないが、少し考えてみたいと思う。
 玄関を一歩でも出れば、そこはもう社会だ。社会とは、他人の目を気にしなくてはいけない場所ではなかったか?投稿者自身もそのことがわかっているから、娘さんにグリーン車の一番前の端の席をとらせたのだろう。またご自身の体験として、他人の子どもをうるさいと感じたとき「こっそりと席を替えた」ことがあると書いたのだろう。

 他人の目を気にしなくてはいけないは「お互いに」のはずだ。乗客からの苦情を受けた車掌が自分では何の対策も取らず注意しただけというのは、車掌として怠慢だと私は思う。うるさいと苦情を言った客だけでなく、子連れで気を遣っている身重の女性客も、どちらもが快適な旅が出来るように計らうのが車掌の仕事ではないのか?肝心のところを忘れていては何も解決しない。安易に「家族連れ優先車両」を設けるのには、私は反対である。

 2歳の子どもに分別を求めるのは無理がある。記憶は全くないが、繰り返し親から聞かされた話によると、2歳のときの私は大阪から長崎までの汽車のなかで走りまわり、他の乗客から叱られたらしい。もちろん遊びの旅行ではない、父親の転勤のための家族総出(7人)の大移動であった。
2010年8月26日 10:52 | コメント (0) | トラックバック (0)