昨日、図書館で借りてきた本はこれ。
「串田孫一集8 流れ去る歳月 日記」(筑摩書房 1998年 526p.)…1943年からの日記が収められている。気を引き締めて読みたい。

 気になる本のリストに書き加えた本はこれ。
今朝の朝日新聞書評から、「私の日本語雑記」(中井 久夫・著 岩波書店)
岩波書店の新刊案内から、「サマセット・モームを読む」(行方昭夫・著 岩波セミナーブックスS10)
2010年6月27日 9:23 | コメント (0) | トラックバック (0)

知らない土地を地図を頼りに歩く

 今朝の朝日新聞beに「ロゲイニング」について書いてあった。「地図読み」の力が試されるスポーツだという。「知らない土地を地図を頼りに歩く」なんて、考えただけでも恐ろしい。スポーツであるから、制限時間も決まっているし、チェックポイントには点数が設定されているそうだ。私のことだから、もちろんスポーツにも「ロゲイニング」にも興味を引かれたわけではない。

 この記事の筆者が初挑戦した「ロゲイニング」の場所が目を引いたのだ。国立武蔵丘陵森林公園といえば…行ったことがあるぞぅ…と思い出した(記録を辿ると、行ったのは2003年春だった)。並みの森林公園ではなく本格派の森林公園だった。大きな木々の間を野鳥がさえずりながら飛び交い、木陰を歩けば思う存分森林浴を楽しめた…と、次々に記憶がよみがえった。そして、怖かった記憶も…。

 森は深く、公園内は果てしなく広く…つまり、私には右も左もわからなかった。公園内には駅へ行く園内バスが走っていた。それに乗り遅れちゃまずいと私はあたふたと走った(一緒に行った息子には笑われたのだが)。こんなところで日が暮れたら帰り道がわからなくなるではないか。それは私には大きな恐怖だったのだ。

 新聞の記事によれば、「ロゲイニング」にはコンパスが必須だという。あの森林公園はそういう場所だったのだ。私が恐怖を感じたのも無理はないのだ。コンパスだなんて…!私は地図が読めないわけではない。ただ、自分の足元と紙の地図上の地点とが、頭の中で一致しないだけ。
2010年6月26日 13:41 | コメント (0) | トラックバック (0)

お中元の季節

 そろそろお中元の季節である。デパートやスーパーのチラシも早期割引セールのお知らせが賑々しい。そんななか、あるスーパーのチラシを見てここまでするとはねぇ〜と驚いた。

 早期割引で10%引き、そのスーパーのクレジットカードを使うと+5%引き、さらに(驚いたのはここなのだが)デパートや他のスーパーのお中元申込書(お届け先が印字されているアレね)を持参すれば+10%引き…というのだ。客の側からいえば「乗り換えれば割引がある」ということだが、店側からいうと「客を横取りしよう」ということではないか。
 食うか食われるかは、結局は互いにつぶし合うことになるのだから、よその客を横取りしようというようなスーパーは自分のところの客も大切にはしないのではないか、客を客とも思っていないのではないか、…そんな気がしてくる。

 少しでも安いのはうれしいことかもしれないが、私はそこまでして得をしたいとは思わない。そんなことをしたら、自分まで卑しい人間になってしまいそう…と思うから。人として通さなければならない筋というものがあると思うのだけれど。
2010年6月22日 19:05 | コメント (0) | トラックバック (0)

タコパー?

 ネットースーパーからの案内メールをみていたら、「半夏生にはタコパーを!」と書いてあった。これではなんのことやらさっぱりわからないが、「関西では、この日にたこを食するという風習がある」ので、梅雨時の元気補給にたこ焼きはいかが?という案内だった。タコパーとはタコパーティーの略だとか。

 恵方巻きも関西発祥だというが、半夏生に蛸というのも関西?へんてこりんな風習はみな関西?私は関西産だが、そんな話は聞いたことがない(農村の風習なら聞いたことがないのも当然なのだが)。たこ焼きは、食べたいときに食べるものだった。

 蛸は食べられない私だが、子どもの頃はたこ焼きを(蛸は取り出して)よく食べた。市場になじみのたこ焼き屋さんがあり、小柄なおばさんが黙々と焼いていた。そばでは大柄な息子さんが黙々と手伝っていた。その息子さんには少し知的障碍があるようだった。今のようにマヨネーズなどはかけず、ソースと鰹節と青海苔である。
 
 いまではどこの家庭にもたこやき器くらいはあるらしいが(特に関西では)、もともとは「おばさん、10個包んで」と買いに行くものだった。市場の一角の小さな店で、ただただたこ焼きを焼いていたあのおばさんの人生を思うと、「半夏生にはタコパーを!」などとふざけたことは言えない。
2010年6月19日 15:36 | コメント (0) | トラックバック (0)

心塞ぐ発言

 横浜のある私立高校で生徒が生徒を刺したらしいという報道があったが、記者会見での校長の言葉には、少々心が薄ら寒くなった。

 被害者となってしまった生徒については「とっても明るく、元気で活発な生徒です」と言い、加害者となってしまった生徒については「私は話したこともなく、知らなかった」言ったと伝えられている。校長にとっては、ふたりとも「我が校の生徒」だろうに、この違いは何なんだろう?

 ふたりの生徒の間に何があったのか知るよしもないが、不用意な校長の記者会見は誰にとっても何のメリットもないのではないかと思う。「私は話したこともなく、知らなかった」と言われた生徒本人や両親はどんな気持ちでいることだろう。
2010年6月16日 18:10 | コメント (0) | トラックバック (0)

どんな顔?

 たぶんネットの世界に横行しているのだろうと推測したのだが、とても受け入れられない言葉遣いというものがある。朝日夕刊のbe eveninngの記事に、「笑顔をくずさずにそう言った」と書いてあったのだ。しかも、それは署名記事である。

 笑顔をくずさずに…というからには、その前提には笑顔をくずすということがあるのだろう。たが、笑顔をくずすとは、いったいどういう状態をいうのだろうか?しかめっ面やかしこまった顔をくずすと笑顔になる。その笑顔をさらにくずすとは…、どういう顔をいうのだろうか?「笑顔のままにそう言った」とか、「笑顔をたやさずにそう言った」ではいけないのだろうか?

 なんの気もなしに一読して???と思った。もう一度読み直すと、とても違和感があった。文法的な知識からではなく、感覚的にとてもヘンだと感じた。
 私にはまだナニカヘンダゾという感覚が残っているが、怖いのはそういった感覚もなくなってしまうことだ。そういう言葉遣いに知らない間に慣らされてしまうことだ。言葉はイキモノで時代とともに変化していくものだとしても、ヘンなものはヘン。

 それは行儀が悪いことと教えられ育ってきたであろう人が、いつのまにか若い人たちに感化され電車の中でものを食べている。しかし若い人のように堂々と…というところまではいけないようで、バッグや手提げ袋からちびちびと取り出しては口に運んでいる。
 それと同じように、無意識のままに誰もが「笑顔をくずす」とか「笑顔をくずさずに」とか言い出したら、それはそれで怖いことだと思う。そういう表現をする人に向かって、「じゃぁ、あなた、ちょっと笑顔をくずして見せて…」と言ってみたいものだ。どんな顔をする気なのだろう?
2010年6月14日 18:45 | コメント (0) | トラックバック (0)

軽くて重い本

 串田孫一さんの全集を2冊続けて読むと、さすがに疲れた。それで、今回は新刊書の棚から軽く読めそうなものを選んだ。図書館で借りてきたのは、次の2冊。

 「人生問題集」(春日武彦/穂村弘・著 角川書店 2009.3)…雑誌「野生時代」に連載されたものだそうで。
 「ピアノを弾くニーチェ」(木田元・著 新書館 2009.9)…軽く読めて、それでいて読み応えはありそう。

 実はもう一冊借りたのだが、それは2年前にも借りて読んだ本だった。なんとなくそんな気がしないでもなかったのだが、記憶はすでにあいまいになってしまっていて…。たまには(しばしば?)こういうことも。
2010年6月12日 12:35 | コメント (0) | トラックバック (0)

自伝本から自伝DVDへ

 このブログのことをすっかり忘れていたわけではないが、少々気力を消失していた。理由は…まぁいろいろとあるのだろうが、生き難い日々である。

 あれよあれよという間に、新しい首相に代わって新しい大臣も就任して、新しい内閣も稼動し始めたと思っていたら、早々に例によって例のごとくの問題が問題視され始め、今朝は今朝で、郵政法案先送りなら辞任すると金融・郵政改革相が吼えた。
 また、その後援会が事務所費で少なくとも30冊以上の漫画本を購入していたといわれる国家戦略担当相は、『適切かと言われると、反省しなければ。ただ、政治資金はそういうものに使うのを禁じていない』と言ったという報道もあったり…。もはや、ただただ「ふ〜ん…」というしかない。

 今朝の朝日新聞の「週間 首都圏」には、「スクリーンで愛を告白し、挙式までしてしまう。そんな劇的な演出が若者の人気を集めている。人生のたそがれを迎え、自分の生涯を映像ドラマ化する人たちもいる」という話が載っていた。

 愛の告白(それに続く結婚も)といえば秘め事だと思っていた私には、到底理解できない昨今の風潮である。若者の場合は、若気の至りということもあるし、小学生の頃から”思い出作り”という言葉にまみれて育った人の行き着く先と思えるが、人生のたそがれ(還暦ごときで”たそがれ”といわれるのはツライネ?)を迎えた人たちまでもが…とはネ。

 団塊の世代と呼ばれる人たちが、自分史DVDを作りそれを観て感涙?聞いているほうが恥ずかしくなる。自宅で一杯やりながら観て感涙?…、あるいは、遺言代わりに子にプレゼント?…、

 このような風潮について立命館大映像学部の教授は、「デジカメやパソコンの普及で映像体験が一般化し映画や劇場が非日常的なものでなくなった。人生の節目のイベント化に映像ツールの活用が加わった」と分析し、「家族や友人と感動を共有したいための工夫の表れ」だと言う。
 映像体験の一般化と、人生のさまざまな場面での映像ツールの活用が可能になったという点は納得がいくが、なぜそこまで他人と感動を共有したがるのかは私には理解し難い。

 20分の映像にまとめられるほど「人生はそんな単純なもんやおまへんで」と、思うけれど。しかも、繰り返し見て感涙するような出来事ばかりでもあるまいにと、思うけれど。

 私自身、還暦を向かえその60年を総括する日々ではあるけれど、それは自宅で(ひとりで、あるいは友人を呼んで)一杯やりながら感涙するためでもなければ、自分の人生への感動を他人にも共有してもらいたいためでもない。終わりを迎えるまでの日々を如何に生き抜くか、それを誤らないために…である、とstoicな私は思っている。
2010年6月11日 8:16 | コメント (0) | トラックバック (0)

期待?

 あらよっと6月になったと思っていたら、ええっ?というまにハトヤマさんがやぁめた!と言い、へえ〜と思うまもなくカンさんが総理大臣と相成った。あわただしいことではある。

 さて、今度の首相は…?やはり順繰りになるべくしてなっただけ。本当は今必要とされる人が選ばれるといいのだが、今必要としているのはどういう人物か、それが誰にもわかっていないのかもしれない。どの人も帯に短し襷に長しである。では今必要とされている条件はなにか…と、そこから考えてもいいわけだが、そう考える人はあまりいないようだ。なにはともあれ、少なくとも今回の首相夫妻は海外へ行ったとき少しはさまになるかもしれない…と期待したい?

 g1.jpg さわやかな気候に誘われて、一昨日は「ルーシー・リー展」を見に出かけた。場所は六本木、国立新美術館である。サントリー美術館へは何度か行ったが、ここは初めて。誰とかさんご自慢の建築らしいが、あまり好みではなかった。

ルーシー・リーの器はどれも素敵だった。シンプルで華麗で器としての究極のかたちと言いたくなるようなものばかり。ルーシー・リーの自宅居間の写真も展示されていたが、インテリアはとてもシンプルである。なるほど…と納得がいく。買ってきた絵葉書を額に入れ玄関に飾った。

 先日までは、この額には奥村土牛の「泰山木」を飾ってあった。ミュージアムショップでこの額に入れる絵はがきを選ぶのも、美術館へ行くときの楽しみのひとつだ。
 来月はシャガールだ。早割ペア券も購入済み。この熱の入りようはどうしたことか…?
2010年6月 5日 10:10 | コメント (0) | トラックバック (0)

名は体を表し、服装は言葉を選ぶ

 あらよっと6月になった。つい先日5月になったばかりなのに…。6月といえば、その日の気候に関係なく、衣替えだぜぃ!というのは国会議員さんたち。クールビズとやらにけちをつけるつもりはないが、あの服装は何とかならないものかと思う。もっとはっきり言えば、やめてくれ〜ぃ!と言いたい。執務室内であれば、どんな格好をして仕事をしていようがかまわないが、国民の前に出るときはスーツにネクタイをして欲しい。どこかのアンちゃんみたいな人や銭湯帰りのおじサンかと思うような人や、お世辞にもかっこいいとはいえない面々ばかりである。

 クールビズがエコから発生したものなら、WEB de 請求書(KDDI)もそう。9月からは紙の請求書をやめるという。携帯電話かパソコンで見てくれという。紙請求書発行停止特典として、月額基本料金から21円を割り引くという。しかし、どうしても紙の請求書が欲しいという場合は有料で52円出せという。これはどういう計算なのだろう?WEB de 請求書は誰にとって、何にとって得になるのだろうか。

 郵送で届く紙の請求書は、言ってみればスーツにネクタイだ。「これだけ御使用になりましたのでいくらいくら請求させていただきます」と言っている。それに対しWEB de 請求書は、派手な何とかシャツやアロハシャツである。そこから聞こえてくる声は、「ここに書いてあるから見ておいてくれよ」である。

 私はできれば紙の請求書が欲しい。でも、52円を払うのはバカらしいからWEB de 請求書で我慢する。携帯電話で見るなんて、そんな難しい芸当はできないからパソコンで見る。とは言っても、IDだのパスワードだのと厄介である。「秘密のノート」にひそかに記してあるIDやパスワードがどんどん増えていく。
2010年6月 1日 18:58 | コメント (0) | トラックバック (0)