人間とは摩訶不思議なもの

 先日蒔いた朝顔の種からもう芽が出始めた。この暖かさ、いや暑さだから当然としても、来週はまた気温が下がるらしい。順調に育つかちょっと心配だ。

 朝顔以上に心配なのは、近頃の若い国会議員さんたちだ。打撲で全治3ヶ月だの車椅子だのなんだかのと騒いでいる議員がいるかと思えば、首相に「ルーピー」とヤジを飛ばしてしてやったり顔をする議員がいたり、病気のために引退するという青木さんに対し、「長男に世襲させるために公募をせず、最後にわざと倒れるという芝居じみたことをやった」と言ったとか言わないとかいわれ、発言を撤回したと報道される議員もいたりする。
 どうなっちやってるの?と思うのは、私がもう若くはないからというだけではないだろう。なんというか、嘆かわしいという以前に不可解である。そんなことをして自分自身が恥ずかしくないのだろうか?と思う。

 また、こんな人も入る。あの勝間さんだ。交通事故に遭ったという。それはお気の毒に…と思うが、勝間さんはあくまでもどこまでもカツマさんである。テレビ局のインタビューに答えて、「事故の原因はデフレ不況」だと言ったらしい。この人は経済評論家という鎧を着て生きているようだ。鎧は重くないのだろうか?

 ???と思うことが多い毎日だが、だからこそ串田さんの本を読み始めると本から抜け出せなくなる。もう疲れたのに、もう眠いのに、本を閉じることができない夜が続いている。
 戦時中の日々、戦後の日々を淡々と綴ってある。だが、その淡々さの後ろにどれだけの深い苦悩があっただろうか…という思いが私をとらえる。

 ふと思い立って図書館で借りた全集だった。今読んでいるところは、1960年に出版された「花火の見えた家」。1960年といえばたかだか50年前だ。しかし、本の世界では古本の部類に入る。全集は重くて敬遠しがちだが、宝物が詰まっていることもあるのだ。ふと思い立つという不思議な心の動きが導いた、本との不思議な出会いである。
2010年5月22日 10:20 | コメント (0) | トラックバック (0)