あの日…

 「串田孫一集 5 微風の戯れ 随想T」(串田孫一・著 筑摩書房)は、「孤独なる日の歌」から始まる。解説によると、「これは作者が戦後においてはじめて問うた、文学表現による一巻であったといって差支えないものと思う」という随想作品である。

 読み始めてみると、少々の戸惑いと、ちくちくする心の痛みと、いとおしさとを感じた。それは、これまで読んできた孫一さんとはちょっと違う…という戸惑いであり、生き迷っている若い日の孫一さんの苦しみに対する共感の心の痛みであり、それでも自分らしく生きようとする人へのいとおしさであった。

 その中の1編に、「牝牛の赤い眼」がある。その内容は…、真夜中に著者が家に戻ると、「子どもが私の空の寝床の傍で眠っていた」。「私はその枕許に座って、伸びかけている子供の髪を横に撫でたり、逆さに撫でたりしていた」。(中略)「子供はもうそれをずっと前から知っていたように、暗い部屋の中で大きい眼をあけて言うのだった」。

『 オトウサンモ、モウネルンダヨ。
 今帰って来たばかりでねむくないんだ。
 フン、ソウカ。ナニシテタノ?
 赤い大きな月が昇るのを見ていたよ。
 イマデモマダアカイ?
 もう赤くない。それから、スバル星が昇るのも見て来た。それから、牝牛の赤眼も。
 イマデモマダアカイ?
 ずっと赤い。あれはいつまでも赤い。それから…。
 モウ、ネタホウガイイヨ。ボクネムイカラ。
 それじゃあ、黙っている。 』

 …と、続くのだ。そして、いっときのあと、また会話は続く。読んでいるうちに涙がでそうになる。

 変わらないのは孫一さんの自然をみつめる眼だ。いつものことながら、野草の和名が次々とでてくる。たとえば、風蝶草、花菱草、庭石菖…。そのひとつひとつを野草図鑑で調べながら読む楽しみ。図鑑の花の写真を見ると、大抵は本当に小さな花だ。その小さな花の中に宇宙の深みを感じとり言葉にするのは、詩人であり哲学者でもある著者ならではである。
2010年5月17日 15:23 | コメント (0) | トラックバック (0)