この頃

 あまりの天気の悪さと気温の低さに元気が出ない。そのせいかどうかは別としても、このところ何かが不足していて本を読む気力がない。それでも、そのうち読みたいなと思う本は見つかった。

 「ものの考え方」(串田孫一・著 学術出版社)と、「雪の下の夢 わが文学的妄想録」(三木卓・著 冬花社)だ。そのうち…暖かくなったら…ね。

 元気の出ない原因は他にもあった。年金申請書とやらを提出しなければならないことだ。この書類が例によって例のごとくで、わかりにくいのだ。私の場合、スズメの涙にもならない額しか出ないのに、書類は等しく面倒なものだ。少々憂鬱である。そろそろ手をつけねば、誕生日はもうすぐだ。
2010年3月28日 9:01 | コメント (0) | トラックバック (0)

嵐の朝に

 吹き荒れる風の音で目が覚めた。蕾が膨らみ始めた桜の木が震えている。確かに予報でそういっていたが、こんなにひどいとは思わなかった。今日は、春分の日。

 朝日新聞朝刊「おやじのせなか」は高橋源一郎さんだった。この人と私はほぼ同世代。小学生のとき親に連れられ夜逃げ、母親の実家に引き取られ、1年後には家族が再会するも、すぐに父親は会社をクビになりまたもや親の実家に、それも兄弟別々に、そして数年後再度家族再会、その後もあれやこれや。
 あの時代、この人の家族がことさら特別だったわけではないだろう。まだまだ社会自体が貧しい時代だった。そんななかで、苦境になるとベレー帽を被り絵を描いていたという画家志望だった父親のことを、高橋源一郎さんは「失意のときこそ、幸せだったのかも知れません」と言う。

 私の「おやじ」さんは、今でいうところの商社マンだった。1ドルが360円だった頃に海外出張もし、定年後は子会社の社長になり、その後も懇意にしていた会社の相談役のような職を得、晩年は3人の孫の様子をワープロで綴り、離れ離れに住むようになった娘たちを繋いでいた。
 カメラやゴルフといった贅沢な趣味を楽しみ、社会的にはそれなりの(あるいは、それなり以上だったのかもしれないが)人生を送った「おやじ」さんだが、どんなときに幸せだったのだろうか。そもそも、幸せだったのだろうか。

 明治生まれの男は、”おんなこども”とはまともに話をしないものらしい。ずっとそう思っていた私が、父親と対決し話らしい話をしたのは、たった一度だけ。”家を出る”と宣言したときだった。世間の常識からすれば親不孝な娘が、いまさら「おやじ」は果たして幸せだったか?などと考えても仕方がないのだが…。
2010年3月21日 9:17 | コメント (0) | トラックバック (0)

失敗 第2弾

 第1弾の失敗はほぼ2ヶ月前のことだった。そして今日の第2弾、またしてもカルチャーセンターからの帰りだ。「焦ったりすると、モノゴトの前後左右の関係がつながらなくなってきた」という自覚はあったはずなのに。今回も原因はここにあった。

 いつもは私鉄を利用するのだが、今日は、帰りに寄り道をする用があったので帰りはJRに乗った。慣れない場所ではなかった。乗り慣れない路線でもなった。熟知しているはずの駅だった。それなのに…。

 快速の発車時間が迫っていたので、乗れるかも?と階段を駆け上がった。電車が見えてみたところで、なぜか「行き先が逆だ」と思い込んだ。慌てて駆け下り、逆方向の電車を探した。2,3分後に発車だった。やれやれ…と乗り込んだのはいいが、走り出してみると見慣れない風景が走り去っていく。これはどこを走っているのだろう?まるでいつもの夢のようではないか、ここはどこ?と思いはじめたとき、次は○○という放送が流れた。え、えぇぇぇぇ〜?逆ではないか!

 乗車駅はホームの数が10もある。そのうえ、快速は時間帯によってホームが異なる。連れて行かれた駅から戻るときに乗ったのは各駅停だったのに、普段は快速がとまる9番線に着いた。乗るべき方向の次の電車は3番線から出るという。それより数分前に発車する各駅停は1番線だ。人々が右往左往する駅構内をあちらへこちらへ。もうそれだけでパニックだ。

 「決まりきったこと、自分の日常を続けている限りは大丈夫なのだ。問題は突発的なことが起きたときだ。対応はできるのだが、そのことを自分の通常にうまく組み込めないのだ」という自覚はある。あるが、ものごとが予定通りすすまないと、突如として焦りだす。何が不安なのか自分でもよくわからないのだが、焦りだす。本気で気をつけないと、次は怪我をしそうだ。 

 今日は異様に気温が高かった。そのせいか?老化現象なんかじゃぁなくって、サ…?
2010年3月16日 18:28 | コメント (0) | トラックバック (0)

しつらい

 昨日は雨が(雪もね)やむのを待ってサントリー美術館へ。東京ミッドタウンへ行くのは何度目かのはずなのに、まるで見知らぬ街のよう…。こんなだったけ?ここからはいればいいんだっけ?と記憶を辿るが思い出せない。

 観たのは「おもてなしの美 宴のしつらい」。「しつらい」いう言葉は近頃聞かないが、どこか懐かしい響きのする言葉である。漢字にすると「設い」。部屋を飾り、食器を整え…といったこと。

 屏風は楽しげに遊ぶ人たちを細かく描いたものや、花が咲き乱れ鳥が遊ぶものなど。食器を選び、お料理を並べ(指図書なる巻物があった)、席次を決める…。その細やかなこと、これしつらいというものか、と思う。

 美術館は、展示品に照明をあて館内は暗い。すぐ人にぶつかりそうになる。屏風に描かれた人々を熱心に観るあまり、額をガラスにぶつけた。小気味よくゴツンと音がした。

 もうひとつ晴れない空をあおぎつつ、ランチは有楽町の椿屋へ。話に聞いていた野菜がゴロンと入ったカレーを注文した。店内は落ち着いた雰囲気で、おいしいコーヒーもセットになったランチメニューである。

 来月はミッフィー展を観に行きましょう、待ち合わせは和光前で…と約束して、いつもの連れさんと別れた。その頃には、春爛漫になっているはず。
2010年3月11日 18:46 | コメント (0) | トラックバック (0)

手本となろう

 降ってわいたような自民党が徴兵制を検討するらしいという報道に恐怖を感じたが、今朝になって自民党の幹事長が慌てて否定の談話を発表したという。自民党の憲法改正推進本部がまとめた論点整理に、『「国民の義務について」の項目で、ドイツなどで、国民の兵役義務とともに良心的兵役拒否の権利が定められていると指摘。その上で「民主主義国家における兵役義務の意味や軍隊と国民との関係などについて、さらに詰めた検討を行う必要がある」』と書かれていたらしい。

 いきなり徴兵制を持ち出すことはないかもしれないが、自民党の隠した本心は自衛隊を軍隊を明記しいずれは徴兵制を復活させたいということだろう。しかし、根強い反対はあるだろうからドイツなどの例に倣って「良心的兵役拒否の権利」も付けておけばいいんじゃないか…ということだろう。

 自民党に限らず、民主党にも徴兵制に必ずしも反対ではないという人は少なくないかもしれない。さらに、世間を見回しても若い人には徴兵制?いいんじゃない?などという人が、案外多くないということもないのかもしれない。自分の身は自分で守る、自分の国は自分たちで守る、当たり前じゃん…などと言って。

 世界のお手本は自国にあるのに、世界を見回してアメリカを見て、そちらをお手本にしようとするのがそもそもの間違いだと、私は思うのだけれど。
2010年3月 5日 8:41 | コメント (0) | トラックバック (0)

長い1日

 いつものようにつけていたラジオから、突然「緊急地震速報」が流れたのは、たしか土曜日。一瞬緊張したが、遠く離れた沖縄での地震(震度5弱)だった。その緊張が解けぬまま、翌朝早く目が覚めたのでラジオをつけた。4時のニュースで、今度はチリの地震を伝えていた。覚めきらない頭で聞いていたが、大きな地震だったらしいことはわかった。
 そして日曜日もいつもどおりラジオを聞いていると、津波情報が出た。なにやらただならぬ気配である。日本各地に津波が来そうだという。それから午後6時まで、津波情報関係の報道が延々と続いた。そして、今日。気象庁が津波警報や注意報をすべて解除したのは、午前10時15分だった。

 津波は怖い。人命を第一に考えて情報を出すのもわかる。早めの避難が必要なこともわかる。だが、気象庁は記者会見で、「津波の予測が過大だった。警報が長引き迷惑をかけたことをおわびしたい」と語ったという。津波の予測が過大だったといっても、それが「結果的にみて」ということなのか、あるいは意図的に過大な予測をしたというのか、どちらなのだろう。
2010年3月 1日 18:41 | コメント (0) | トラックバック (0)