みなさま、よいお年を

 あと11時間ほどで2009年も終わろうとしている。まぁ、それだけのことではあるが、それを境に天候は急変しそうだ。気温もぐっと下がりそう。そうなれば、やはり本とチョコレートを抱えて冬ごもりするに限る。

 手始めに、「私の好きな孤独」(長田弘・著 潮出版社)を開いた。16ページに「猫の名前」というエッセイがある。猫に名前をつけるのははなはだ無謀なことだ、…というのがその内容だ。物語のなかで”ウサギ”と名をつけられた猫は、自尊心を傷つけられ、自分の名に疑問を持ち続け、作者を非難の目で見つめることをやめなかったそうだ。そうでしょうとも、そうでしょうとも!猫にウサギだなんて…。

 『無名であることの誇りこそが、おろかな人間たちのあいだで生きるすべての猫たちに、つねに独自の威厳をもたらしてきたところの、語られざる秘密なのだろう』…と著者は記す。そう、そう、そうなのよ!…ということで、私が出会いともに過ごした猫には名などつけず、尊敬の念を持って生涯「ねこさん」と呼んだのだ。

 孤独な私の時間のなかで、「この世の在り方の問題をみずから率直なものにするのが孤独」という本を読みながら、行く年に別れを告げ、来る年を迎えることにしよう。
2009年12月31日 13:16 | コメント (0) | トラックバック (0)

スカイプって?

 新しい年の初めにはなにか新しいことに挑戦してみては…?と、若い人からメールが来た。「スカイプ」などいかがです?というのだ。スカイプぅ?…それなあに?という状態なので、私にとっては確かに新しいことだ。

では、お勧めにしたがってまずは「Skypeとは?」から始めよう。ここね…。「インターネットを介してシームレスに動作するSkypeの無料ソフトウェア」、まずこの意味から理解しなければ始まらない。

 とりあえずここまでわかったところが第1歩。
2009年12月29日 10:15 | コメント (0) | トラックバック (0)

ハトヤマさんの不幸は私たちの不幸

 こんなことで今年も暮れてしまっていいのか…という気がするが、どうなのだろう。揚げ足を取るつもりはないが、ハトヤマさんの謝罪会見の言葉の数々は少々引っかかる。というのも、言葉の端々にその人自身のものの考え方や何やらが如実に現れるからだ。

 使っても使っても使い尽くせないほど財産があることといい、母親から多額の援助を受けていたことといい、それは個人的なことだからどうでもいい。信頼できる人に長年にわたりお金の管理を任せていたということもどうでもいい。問題なのは、当然報告を受けていただろうに、内容を十分に把握しないまま署名捺印をしていたらしいことだ。疑問があろうがなかろうが、把握していることがなにより重要だろうに、未だにそれに気がついていないようだ。

 『結果として、年老いた母親に大変な親不孝をしてしまいました』と言うが、そんなことを国民に向かって言ってどうする?(後ろからどやしつけたい気分)
 どんなに資産があっても社会の成り立ちを知らないハトヤマさんの母上は不幸だ。そんな母親に育てられたため、同様に知るべきことを学ぶ機会のなかったハトヤマさんも不幸。気の毒には思う。

 国民に対して「、理解し難いだろうができる限り理解してくれ」と言う。「理解してもらえるようできる限りのことをする」と言うべきではないのか。

 資金の使い道の内訳が最も重要なのに、そこは呆れるほど「どんぶり」である。そんな「どんぶり」では、ほんとうに私利私欲を肥やしていないと言い切れないではないか。さらに、何をもって「私利私欲」というかも問題である。

 読売新聞によると来年の日本は「家計に例えると…収入370万、生活費530万」なのだそうだ。ハトヤマさんにはその意味がお分かりだろうか?心もとない限りである。私たちの手には打ち出の小槌はないのである。
2009年12月26日 11:07 | コメント (0) | トラックバック (0)

為残したことは為残したまま

 大掃除なんてしないわよ…と毎年思うのに、結局なんやかやしているのである。今日もちょっとここだけ…と思ったのが間違いだった。気がつくと10時頃までなんやかやしていたのだ。4時半に起床して、30分ほどの朝食と新聞タイムをとるとしても、10時半までの5時間半ほどは休むことなくなんやかやしていたのだ。気がつくと、ああ疲れた…となる。毎年のことだ。

 パソコンデスクの上を片付けたついでに、今年1年図書館で借りた本は何冊くらいか調べてみた。借りた本の題名が印字された貸出票は残してある。ざっと数えてみると、この1年は30冊くらいだった。寒い1月から3月の間は図書館へ行かなかったし、真夏の7月も行かなかった。
 若い頃は乱読するので年間100冊もどうということはないが、この年になってはもう無理なのだと実感した。気分が乗らなければ読めないし、目も疲れる。しかし、「この一冊」という本をじっくり読み味わうという読み方を知った。

 今年も残すところあと6日、チョコレートと本と数独を抱えて、さぁ冬ごもりだ。

 ん? ちょっと早すぎる?
2009年12月25日 15:33 | コメント (0) | トラックバック (0)

買って読みたい本

 あっという間の1週間、そしてもう今日は20日、今年も残すところ…と言われ始める時期である。朝の冷え込みは、冬だったことを思い起こさせる。日が昇ればよい天気。このお日様を利用しないでどうする?とばかりに洗濯をした。洗濯掃除片付けを調子にのってしていたら、あっという間の3時間。もう10時である。

 日曜日といえば朝日新聞の読書欄。さて、今回は…。いきなり目に付いたのが、またしても勝間本。なんと、『結局、女はキレイが勝ち』だそうで。つまらないタイトルだなぁと思いつつ、その内容は?と見ると、「女子がラクして世の中にフィットするキレイを活かす知恵と技術」だと。あほらしもいいところである。

 いずれは読んでみたいという意味で気になったのが、『昨日と明日の間』(小尾俊人・著 幻戯書房)だ。19歳で出版界に足を踏み入れ、その後学徒出陣で出征し、戦後みすず書房を創業した…という人の本である。
 人の寿命がそう長くはなかった時代、人々は密度の濃い人生を送っていた。平均寿命が恐ろしく延びた現代と単純に比較はできないが、同じものの見方、考え方、価値観ではやっていけないものがありそうだ。ではどうすればいいのか…というと難しい。

 この本は、買って読もう。
2009年12月20日 10:50 | コメント (0) | トラックバック (0)

反撃

 掃除機 vs. 私、思わぬところで反撃を受けた。コード巻取りボタンを押すときに、うっかりコードに手を添えるのを忘れた。その結果、最後のところでコードが思い切り跳ねた。跳ねてもきちんと収まれば問題はなかったのだが、跳ねたまさにそのとき、プラグが私の手の人差し指と中指の爪の真下から第一関節にかけてのあたりを直撃した。あまりの痛さに30cmほど飛びのいた。声もでなかった…。

 時間が経つにつれ、嫌な色になってきた。ひどく内出血したようだ。「掃除機を征圧…じゃなくて…使いこなしてやるぅ〜!」などと言ったのがいけなかった。謙虚さが足りなかった。改めて取扱説明書を開くと、ちゃんと書いてあるではないか。『コード巻取りボタンは必ず電源プラグを持ってから押す』…と。

 しっかり読んだつもりが、読み飛ばしていたところがあったのだ。それなのに大きな態度で「使いこなしてやるぅ〜!」など、身の程知らずも甚だしい。指先の痛みが、そう言っている。
2009年12月16日 18:49 | コメント (0) | トラックバック (0)

掃除機 vs 私

 どんなものにもピンからキリまであるのは当たり前としても、100万円もするテレビはどんな人が買うのだろう。7万も8万も、それどころか10万円もする掃除機があるのを知って驚いたのだが、100万円のテレビを買う人なら、掃除機が10万円でも驚かないのだろうか。私にしてみれば、モノにはそれ相応の値段というものがあってしかるべきなのだが…。

 そう考える私が、今回奮発して買った掃除機は2万円だった。2万円も出して買ったのだから、使いこなさなくてはならない。問題はそこにあるのだ。
 毎日使うものなのにいつまでたっても使いこなせず、日々掃除機と格闘している私なのである。何故あゝも重いのか…、なぜホースはくねくねするばかりで私の言うことを聞かないのか…、なぜ…、なぜ…。

 今朝、取扱説明書にある絵を見ていてふと気がついた。本体部分を自分の足元に近づけておいて(ちょうど犬の正しい連れ歩き方のように)、ハンドルを自分の背の高さにあった長さに調節して、それからおもむろにすいすいと動かせばよかったのだ。私は本体部分のことなど気にかけたことがなかった。段差のあるところでは持ち上げて移動させるが、それ以外では勝手について来るものと思っていた。重いわけである。取扱説明書はいつもひととおり目を通すが、そういった事柄は書いてない。絵は単なるイメージと思い、じっくり見たことはなかった。絵からも読み取ることが必要だったのだ。

 2万円もした掃除機である。長く使いたい。そのためには正しい使い方をしなければ…。たぶん、今度は大丈夫。その2万円の掃除機は、床上吸引(床面と空気を同時に掃除する)、エアブロック(床面のほこりの舞い上がりを抑える)、逆立ちターボブラシ(ブラシを取り替えずに家具の隙間などの掃除ができる)、紙パックもダストカップ(サイクロン式)も使える1台2役…という特徴がある。確かに以前の掃除機よりは優れものだ。掃除機との格闘は今日で終わりだ。明日からは、掃除機を征圧…じゃなくて…使いこなしてやるぅ〜!
2009年12月13日 10:17 | コメント (0) | トラックバック (0)

カレンダー入手

 すべては品川駅から始まった。品川駅で山手線に乗り換えた。電車の後方に乗ろうと混雑する人をかき分けかき分けホームを進んだ。電車がホームに滑り込んできたら、前方と後方がまるで逆だった。仕方がないのでそのまま乗り込み品川へ。品川駅構内を横断し山手線ホームへ。そのまま乗り込み恵比寿で下車。
 目の前にあったのは東口改札への階段だったが、東は西の反対側、「まッいいか…」とそのまま上った。東口改札への階段からは東口へしか行けない。ここでもまた「まッいいか…」と改札を出た。出たところは駅ビルの中のような雰囲気。仕方がないのでそのまま進んだ。ぐるっと歩いて、やっと外へ出た。
 目の前にはメトロ日比谷線への入り口が見える。私が行きたいのは西口だ。東は西の反対側。反対側へ回ればいいのだ。そこで私は右回りに進んだ。ぐるっと回ってガードをくぐってまた線路に沿って行くとやっと西口に着いた。
 西口改札を睨みつけていた連れさんの前に突然姿を現すと、どこから来たの?と言う。私はJRで行くと伝えてあったのだ。後で判明したのだが、東口から左回りに進めば、西口はすぐだったのだ。なんてことだ………

 と、いうわけで、慣れない恵比寿駅で下車して目指したのは九段下から移転した山種美術館だ。地図を手に、さて、どっち?と見まわしても方向がわからない。どうにか最初の信号を見つけたが、螺旋階段のついた歩道橋を渡らねばならない。螺旋階段を上るうちにまた方向がわからなくなった。山種さんはどこだぁ?と叫びつつ進むと、あちらの電柱に、こちらの植木にと、手作りの案内板が「山種美術館はこちら⇒」と書いてあった。坂道を登ること数分、確かに山種美術館はそこにあった。

 新山種美術館に初めて足を踏み入れ、正面壁の「加山又造の陶板壁画《千羽鶴》」に見とれていると、チケット売り場はあちらですと…。見れば左手にチケット売り場が。ロッカーはさらに左手に。展示室への階段は右手に。右往左往である。展示室の広さは倍になったというが、内容には物足りなさが残った。建物は新しくきれいになっても、企画力は少々落ちたか…という印象を受けた。
 毎年楽しみにしているカレンダーも、2010年のはどことなくつまらないのである。テーマがなく所蔵している作品のなかから選んだ「名品選」だ。気を抜いたか…という印象である。結局、今年は買うのをやめた。

 少々出遅れた感があるが、来年のカレンダーを買いに伊東屋へ急いだ。リビング用には堀文子さんのカレンダーを選んだ。玄関用には写真のものを…とあれこれ見てまわり、オリンパスWWFカレンダーに決めた。写真はいわずと知れた岩合光昭さんである。
 
 気に入ったカレンダーも見つかり、今年もあと20日…!?焦ることはない、その後には2010年がまるごとあるではないか…!
2009年12月11日 10:14 | コメント (0) | トラックバック (0)

シュウカツセイ

 初めて「シュウカツ」なる言葉を聞いたのは、いつのことだったろうか…。それがシュークリームのカツではなくて就職活動を意味すると聞いて、なんという世の中になったのだろうと思ったのはいつのことだったろうか。その後、次なるステップの「コンカツ」という言葉も出現して、もう何をかいわんやであった。 
 先日ラジオのニュースでシュウカツ中の大学生の声というのがあったのだが、そのなかで「就活生」と言っているのを聞いてまたまた驚いた。

 なぜそこまで自分を枠に入れたがるのだろうと、私は不思議でならない。名づけるということは、すなわちひとくくりの枠に入れることだ。枠は窮屈なものなのに、なぜ…?
 次々と自分を世間の枠にいれるには、家具のひとつもカーテンの1枚も自分で吟味し選び買うこともせずに住宅展示場のモデルルームに住むようなものである。

 「ぼくたち、わたしたち就活生は…」ではなく、「ぼくは…」、わたしは…」と言って欲しいと思う。今はそういう世の中なんだもの…で済ませていいことではないように思う。
2009年12月 9日 18:37 | コメント (0) | トラックバック (0)

解けないパズル

 以前献血をしたときにもらった”ちょっとした品”のキーパズルは、その後どうなったかというと…。私のは輪が外れた状態から始めるものだったが、ちょこちょこっとするとあと1段というところまではできたのに、最後のところでつっかえた。これではまるで喉につかえた魚の骨である。しかし、思考力は鈍り根気も途絶えたので、そのまま放置しておいた。
 あるとき若い人がそれをいじっているのを横目で見た。さらに数日後、ふと見ると輪はきちんと上まで達していた。完成していたのである。

 毎年楽しみにしているパズル本「激辛数独7」が10日に発売される。本屋さんへ飛んでいくつもりでいる。しかし、今年は「激辛数独6」をまだやり終えていないのだ。何度くり返しても解けないものが6つもある。どうやら私の思考パターンでは解けないらしいとはわかるのだが、ではどういうパターンで?となると見当もつかない。もう何度繰り返したことか…、書いては消し書いては消し書いては消し書いては消し…。
 そこで思うのは、私の思考力はついに鈍ってきた…ということだ。違うパターン、別のパターンを考えられないということは、思考力が落ちたということにほかならない。その上、根気も衰えてきた。
  
 年をとることをさほど気にしてはいないつもりだったが、ほんとうに気にはしていないが(それも強がりか?)、さまざまな変化(はっきりいえば、衰え、老化現象、ね)は身にこたえる。徐々に少しずつ…というのが曲者である。こんなはずじゃなかったと思ったときには、すでにかなり進んでいるということだ。そこが、ショックである。

 数独がすいすい解けないなんて…。まるで、元気が出ないワ。
2009年12月 8日 9:02 | コメント (0) | トラックバック (0)

いろいろと、

 勝間本の新聞広告をみると、勝間対香川(あるいは、香川対勝間)はまだ続いているらしい。その本のタイトルは、堂々と「やればできる」という。キャッチコピーは『香川リカさんの「しがみつかない生き方」を読み、正直、迷ってしまっているあなたに読んでほしい、なんじゃらかんじゃら…』という。

 この種の本は、読む前にどちらかの立場を選んでいるはずだと思うので、『香川リカさんの「しがみつかない生き方」を読み、正直、迷ってしまっている人』などいないのではないかと思う。それでも”勝間対香川”を利用するところに、この種の本のいやらしさがある。

 朝日新聞読書欄の「月間ベスト10(10/21〜11/20 新書ノンフィクション部門)」によれば、「しがみつかない生き方」が第1位だそうだ。せいぜいがんばってくださいとしか言いようのないお二人ではある。
2009年12月 6日 9:48 | コメント (0) | トラックバック (0)

細工もの

 「今森光彦のすてきな切り紙」(NHK趣味悠々 2009年7月〜8月)を参考に、さっそく作ってみたのがこのれんげの切り紙。
レンゲ.jpg

 少し紙が厚めだったため4枚重ねでは切りにくかったのだが、私にしては、そして初めてにしては、きれいにできたのではないかと…。このれんげのデザインは、なんとも魅力的だ。額に入れて我が家の”廊下ギャラリー”に飾った。大胆にも、シャガールの「ユダヤ劇場への招待」の向側に…だ。もっとも、その隣には子どもが小学2年生の時に描いた絵がかかっているのだから、恐れるには及ばない。

 切り紙用に、特薄口の上質紙や和紙の色紙が欲しくなった。来週、伊東屋に行く予定にしているので、探してみようか…。
 NHK教育の趣味の番組など全く興味が持てず(あのまだるっこしさは耐え難いので)見たことがないのだが、テキストは結構役に立つ。図書館で偶然目に付いたのも何かの縁。もう少し、あれこれ作ってみよう。
2009年12月 4日 15:35 | コメント (0) | トラックバック (0)

冬ごもりの本

 「今日は暑いね」、「今日は寒いよ」を繰り返していたら、いつのまにか12月になっていた。12月の上旬で15℃というのは平年どおりなのかどうかわからないが、日向ではぽかぽかを通り越して上着を脱ぎたいくらいだった。そんな陽気に誘われて、今日は図書館へ。気がつけば1時間も本に埋もれて遊んでいた。

 そして借りてきたのは、次の5冊(重かったぁ〜)。
「こぐこぐ自転車」(伊藤礼・著 平凡社 2005年)…古希になって自転車こきこき!?
「半歩遅れの読書術」(日本経済新聞社編 2005年)…半歩でも1歩でも、本は熟成してから読むのがいい!?
「私の好きな孤独」(長田弘・著 潮出版社 1999年)…「この世の在り方の問題をみずから素直なものにするのが孤独」とは、誰の言葉?
「八十二歳のガールフレンド」(山田稔・著 編集工房ノア 2005年)
「今森光彦のすてきな切り紙」(NHK趣味悠々 2009年7月〜8月)…れんげとりすを作ってみたい!

 まもなく2009年も終わろうという今、選んだ本の2冊が期せずして2005年発行というのは、”半歩遅れの…”どころか”一歩遅れの…”である。私にはそのくらいがちょうどいい。
2009年12月 2日 14:51 | コメント (0) | トラックバック (0)