『カレンダーの展望』

 「日々の非常口」(アーサー・ビナード著 朝日新聞社)はその装丁の軽さに似合わず、なかなか奥の深いエッセイが多かった。新聞に連載されたエッセイゆえの短かさ(各編は2ページ)が、思いがけず余韻を残すのである。その余韻のなかに、多くの書かれなかった言葉が満ちているかのよう…。

 さて、その中の1編「カレンダーの展望」はおもしろかった。内容を簡単に要約すると、

[来日して2年目の暮れに、新聞の1面ほどの大きさに365日が収まったシンプルなカレンダーをもらった。さっそく部屋の壁に貼って眺めていると、1年の短さを思い知らされ、自分の余生までも見渡せる気がしてすぐに壁から外してしまった。

 去年の暮れにもらったカレンダーのなかに、また新聞の1面ほどの大きさのカレンダーがあった。今度は心細くなるどころか、一種の心強さがわいた。1年を一望できるということは、振り返りさえすれば、去年も一昨年も一昨昨年でさえ、どうにか把握できるはずだ。

 マスコミの流すニュースの寿命は短くすぐに忘れ去られ、半年も経つときれいに葬られる。ニュースの歯車と一緒に回っていると、そんな健忘症的サイクルを権力者が悪用していても気がつかない。去年、一昨年、一昨昨年まで見据えようとする社会の一員になりたいものだ。]

…とこんな話。

 2ヵ月毎のカレンダーが残り1枚になったとき、「最後の1枚になってしまったカレンダーは、行く年来る年を嫌でも意識させる」と私は嘆いた。同じカレンダーの残り1枚も、もしかしたらまた違った見方ができるのかも…、ね?
2009年11月16日 9:45 | コメント (0) | トラックバック (0)