異議にもいろいろありまして

 今日の朝日朝刊「オピニオン 異議あり」は、東京五輪招致はもっと盛り上がるべきだという、招致委員会理事でもある建築家の主張だった。この「異議あり」に対して、私は少々異議がある。

 「今、この国には大きな目標がいる、大きな目標に向かって、大人たちが一致団結し生き生きと働くことが子どもたちの目を輝かせるのだ」…と、建築家は主張している。
 私の異議・その1は、「国民が一致団結するために」というのを目標にするのは間違っていると思う、ということだ。なにか「事」がないと人々は一致団結しないのか?目標を定めて一致団結させることが、それほど重要なことなのか?規模はさまざまではあるが、災害が起きた場合でも人々は一致団結する。その場合は自然発生的に、である。国民を一致団結させるために行うことのなかで、最も効果的なのは戦争である。

 また、「日本の技術力を向上させるため」とも主張している。「理性だけでは物事は動かない、理性で動かないものは情熱で動かす」のだとして、炭素排出ゼロのスタジアムや施設をつくれと言う。
 私の異議・その2は、オリンピックのために太陽エネルギー利用の施設を新たにつくるほどのお金がこの国に十分にあるのなら、先にすることが他にあるでしょうに…ということだ。

 「人の心を呼び起こす(感動させる)ものが欲しい、それが生きていく力となる」とも言う。そういうものを目の前で見ることが大事だから({ナマでないといけません」と言っている)、ぜひとも東京でオリンピックを…と主張している。
 私の異議・その3は、ナマで見ることができるのはほんの限られた人たちである、ということだ。どこの国で行われようと、観たい人はそれを観るためにだけ海外へ行く時代である。言い換えれば、観ることのできる人は、日本でなくてもどこの国へでも観に行くことができる時代である(イチローを観るためにだけアメリカへ行く人たちがいるのはその一例)。ナマで観ることが大事とはいっても、たとえ日本で開催されても、ナマで観ることが叶わない人々は存在する。そのために、テレビやインターネットがあるのだと思う。ナマのものでしか本当の感動を得ることはできないという考え(ひと昔もふた昔も前は、それが定説だったかもしれないが)は、たぶん、もう、時代にそぐわないのだと思う。

 東京五輪招致はもっと盛り上がるべきだと主張するより、招致委員会の理事さんたちには「何故、盛り上がらないのだろうか?」と、その理由を考えて欲しいと思う。必ず、何らかの理由があるはずだから…。
2009年9月19日 10:21 | コメント (0) | トラックバック (0)