本の事情

 雨が降れば降ったで、じめじめを通り越してジドジド、空気を絞れば水滴が滴り落ちるのではないかと思うほどのうっとおしさである。では、これでどうだ!とばかりにかぁ〜あっと晴れれば、朝から30℃を超え、今度は熱気がまとわりつく。ベランダのゴーヤは朝に昼に夕に、水!水!水!と呻いている。

 そういえば、もう日本全国ほとんどの学校が夏休み。夏といえば、読書の夏休みではなかった、読書感想文の夏休みだ。今朝の朝日新聞には「be Extra Books」が挟まっていた。毎年恒例の「be Extra Books」である。昨年、私はこんなことを書いていた。今年はどうだったかというと…

 まず目に付いたのが、光文社古典新訳文庫の感想文コンクール2009開催中の広告である。「その感動をみんなに伝えよう!」という。本を読めば必ず感動しなくちゃいけないの?と、へそまがりな私が囁く。疑問に思ったこと、どうにも心にひっかかって仕方がないこと、そんなの変だと思うこと等等、そういうことを書いちゃぁいけないの?と、とんがった私が呟く。

 今回は、それぞれのコーナーの本の選者・解説者に注目してみた。「ライター」さんは、さまざまな媒体で作家インタビューやブックレビューを執筆しているという。「書評ライター」さんは、主に雑誌で活躍しているそうだ。それから、「書店員」さんは、そこいらの書店ではなく丸善丸の内本店、青山ブックセンター六本木店、ブックファースト新宿店の各店からだ。子供向け本の代表は、教文館子どもの本のみせ「ナルニア国」だ。そこで取り上げられている本は、どれも私はパスした。

 驚いたのは、「ヤングアダルト入門」だった。いまさら入門もないだろうに…と思ったのだが、なんといまでは「ヤングアダルトってどんなジャンルなんですか?」と聞く人がいるらしい。落ち着いて考えてみれば、それも無理ないことなのかもしれないと思えてきた。本だの小説だの文学だのといったところで、いまではヤングアダルト本が主流・本流の時代である。取り立てて分類するほどのものではないのだろう。そう…、これまで本流だと思い込んでいたものは、今ではクラシカルと呼ばれるのだった。
2009年7月30日 19:30 | コメント (0) | トラックバック (0)

意味を失う言葉

 ナンだかねぇ…ナンか違うんだなぁ…だったのが、今ではナンなのこれは?…になり、もうワケワカランと思うのは私だけ?
 横浜市長が突然辞職するという。任期は予めきまっている。2期でやめるつもりだったのなら、それはそれでいい。が、「任期切れも近くなったのだからもういいだろう…」というのでは、少々意味が違ってくる。「衆議院選挙と同時にやれば10億円節減できる」などというのも、勝手な言い分である。

 病気になり続けられないとか、不祥事を起こしたとか、やむを得ないと誰もが納得する理由があるならいいが、ご自身の思い(当然、市長の仕事よりもこっちをやりたいというものがあるのだろう)からだけで、じゃぁねぇ〜とやめるというのは、どうもねぇ。こんなことでいいのかなぁ…という気がする。いろいろな約束事(たとえば市長の任期など)が意味を持たなくなってくるのではないか…、そんな気がする。
2009年7月29日 9:09 | コメント (0) | トラックバック (0)

本当の目的は?

 ナンだかねぇ…ナンか違うんだなぁ…、と思うのは私だけ?
自民党は、次期衆議院選挙の政権公約に「幼稚園と保育園を無償化する(4年以内に、消費税率を引き上げてでも)」ということを盛り込むつもりだと言っているらしい。数日前には、「返還義務のない給付型奨学金(高校生・大学生)による就学機会拡大」も政権公約に入れると言っていた。

 自民党は国民のために、あるいは経済的に困っている人のために、お役に立ちますよぉと言いたげであるが、”お金を出せば口も出す”というのは世の習いである。国が、政治が、個々人のさまざまな面にまで口を出す(出し始めた)ということがどういうことか、ある年齢以上の人はよく知っているだろう。本当によいことなのか?本当に国民のためなのか?じっくりと考えてみる必要がありそうに思う。ちなみに、民主党の政権公約「月額2万6000円/1人の「子ども手当」を支給する」では、その使い道についてまでは口を出さない。
2009年7月27日 8:45 | コメント (0) | トラックバック (0)

きょうのゴーヤ

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 大中小取り混ぜて、7個ほどの実が生育中である。
 生い茂った葉が、ほどよい日陰を作るようになった。
 雄花は毎日咲き、毎日散る。
 気がつくと、ハチが遊びに来ている。
 来週は、最初のひとつは収穫時か…?
2009年7月26日 12:27 | コメント (0) | トラックバック (0)

薄ら寒い風

 どうしていつもこうなんだろう…と情けなくなるのが、政治家のいいたい放題の発言だ。政治家にだって言論の自由があるなどというまでもなく、もちろん何を言ってもいいわけだが、政治家の意識の低さが露呈するような発言をわざわざすることもないだろうに…と思う。

 まずは、自民党の幹事長さんだ。あそ〜さんの言動や自民党内の混乱を取り上げたマスコミ報道に関して、「どうでもいいことだが、その方がみんな面白いんだから。国民の程度かもしれない」などと言ったらしい。「国民の政治意識は低いと指摘した」と受け取られることを懸念し、即座に謝罪し発言を撤回したという。舌の根も乾かないうちに撤回しなければならないようなことを言うなんて、ご本人の政治意識がその程度だということを露呈しているだけだ。

 そして、あそ〜さん。何かの会合での挨拶で、「日本は高齢者、65歳以上の人たちが元気。介護を必要としない人は8割を超えている」、「この人たちは働くことしか才能がない」、「80歳過ぎて遊びを覚えても遅い。遊びを覚えるなら『青年会議所の間』くらい。60過ぎて80過ぎて手習いなんて遅い」、「高齢者の働ける才能をもっと使えば、その人たちは納税者になる」、「明るい高齢化社会、活力ある高齢化社会が、日本の目指す方向だ」…とぶち上げたらしい。使えるものはとことん使えぃっ!ということか。これが本音だったのね?…なるほど。高齢化社会だと入っても、高齢者もいれば、中高年もいて、若い人たちもいるのにね。

 ここ数日は変な強風が吹き荒れているが、それとは違った何だか薄ら寒い風が背中のあたりを吹き抜けた感じ。いやぁ〜な感じ。
2009年7月25日 19:12 | コメント (0) | トラックバック (0)

皆既日食騒動

 たしか、関東地方の梅雨は明けたと聞いたが、このところ典型的な梅雨時のような鬱陶しさである。雨もさることながら、この湿度の高さは耐え難い。そばに寄らないで、くっつかないで、もっとあっちへ行って…と言っても、じとっとまとわりつく湿気はまるで○○だ。
 皆既日食騒ぎも、雨に水を差された感がある。なんとか島では、大勢の人が押し寄せ、テントを張ってカメラをセットして待機していたらしいが、結果は豪雨だったらしい。私の住むところでは、1日中重い雲に覆われ、太陽のかけらさえも見つけられない状態だった。

 皆既日食に関して、産経新聞の「主張」はめずらしくいいことを書いていた。
今回の皆既日食で考えさせられたことが、もうひとつある。「専用の日食グラスを使わないと失明の恐れがある」という警告の大合唱だ。煤(すす)をつけたガラスで眺めた今の大人の世代や途上国の子供たちが失明したのか。
 教えるべきは、長く見続けないという常識であり、望遠鏡でのぞくといった絶対にしてはならないことだ。社会全体が過保護になってしまっては、人間に必要な判断力の成長をゆがめてしまう。


 日本では46年ぶりの皆既日食だったそうだから、当然私は46年前の皆既日食騒ぎを知っているわけだが、「日食の観察は煤をつけたガラスで」というのは常識だった。窓ガラスはよく割れるし、ガラスの破片などそこいらにいくらでもあったので、それに煤をつけるくらいは簡単にできた。確かに、いまの時代は窓ガラスは故意に割らない限りめったに割れないし、ゴミは落ちていてはいけないものだからガラスの破片などがそこいらにあるわけではない。それなりのものを用意しなければならないのは確かだが、「これしかない」というふうな言い方は間違いである。

 現代では、こういう傾向はいたるところに見受けられるように思う。話は非常に飛ぶが、「脳死による臓器移植しか助かる方法(治療法)はない」という言い方も根は同じだと、私には思えてならない。
2009年7月23日 9:15 | コメント (0) | トラックバック (0)

バンザイ!?

 ”ついに”というか、”とうとう”というか、”やっと”というか、衆議院が解散した。何故だか知らないが、全員で万歳三唱して…。あそ〜さんは、これまで見せたことがないほどの厳しい顔をしていた。もし、最初の日からそのくらいの厳しい顔で臨んでいたら、あるいは違った結果になっていたかもしれない…と思わせるほどの厳しさだった。

 さて、そうなると今度は選挙だ。長い夏、暑い夏…などともいわれるが、案外ただうるさいだけの夏になるのかもしれない。もしかしたら、いま必要なのは政権交代ではなく単に世代交代なのかもしれない。市長が若くなり、それにつれて知事も若くなれば、次は国会議員である。

 期待されているらしい民主党は果たして大丈夫か…、本当に期待に応えられるのか、疑問がないわけではない。昨日の新聞によると、民主党は「高校無償化(国公立高校生の保護者に授業料相当額として年間12万円を支給する)」をマニフェストに盛り込む考えだという。「高校進学率が98%に達したのだから、その費用は公的に負担すべきだ」という。「高校進学率が98%」という現実を見ているだけで、その意味するところをなんら考えず…では、自民党のバラマキと同じである。本当に必要なことはなにかを、もっと考えるべきではないか。

 無利子の奨学金制度をもっと充実させ、今以上に多くの生徒が奨学金を受けられるようにするほうが、より教育的であるし、本当に必要な人(学ぶ意欲は十分あるのに、学ぶことが経済的に困難な状態にある人)のところへお金が届くのではないか。時間がかかっても奨学金は返済されるのだから、ある一定の金額を確保すれば順繰りに多くの人がその恩恵を受けることができるのではないか。
 「国からお金が出るんだしィ〜、高校くらい出ておけばァ〜」という意識が人びとの間に蔓延れば、「高校進学率が100%」になったところでその内容は非常に貧しいものになるに違いない。
 
 対自民党の公約ではなく、自分たちはこの国をどんな国にしたいのか、それを明確にする公約が必要だ。それができなければ、政権交代が実現したところで、民主党なんてもとを質せばみんな自民党だったじゃない…といわれるのがオチである。
2009年7月21日 19:45 | コメント (0) | トラックバック (0)

影響力?威力?

 いつもの”連れ”さんから、せせらぎの里美術館(犬塚勉展)へ行ってみませんか?とお誘いを受けた。ネットで検索してみると、出るわ出るわ出るわ…NHKの日曜美術館で見て(知って)行ってきましたぁ〜というものばかりである。日本全国津々浦々まで電波が届いているNHKである。皆様のNHKである。その影響力というか威力は恐ろしいほどだと思い知った。

 「奥多摩民家を解体し、その部材で建てました」という小さな小さな美術館に、中高年(もちろん若い人も含めてだが)が、わんさと押しかけているらしい。これでは、まるで中高年の登山ツアーと同じではないか。私としては、意地でもそんなところへ行くわけにはいかない。
 秋には東御市梅野記念絵画館でも開催されるようだが、こちらならはたぶんゆっくりと鑑賞できるのだろう。でも、長野県だし、東御市なんてどこにあるのかも知らないし、どうみてもチト遠い。
 
 私たちは分に応じたところへ行きましょう…というわけで、選んだのは智美術館(赤 黒 金 銀 緑 青 ― 前田正博の色絵)だ。落ち着いた場所にある落ち着いた美術館である。これは、9月のお楽しみにとっておくことにした。

 ところで、今日は祝日だ。何の日だっけ?海の日?それで…?
2009年7月20日 9:20 | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴーヤ、その後

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 育つものである。
 ゴーヤの実は日に日に太ってきた。
 今日現在、3個の実がなっている。
 ハチもやってくるようになった。

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 ゴーヤの雄花。
 毎日たくさん咲くのだが、
 すぐに落ちてしまう。
 雄花は哀れだ。
2009年7月18日 9:07 | コメント (0) | トラックバック (0)

話が違う

 日テレNEWS24のサイトに「最新キャスターブログ」というのがある(たまたま見て知ったのだが)。そのなかで「小学生17人がジャガイモ食べ腹痛 奈良市」というニュースを取り上げていたキャスターがいた。驚いたのは、そのコメントの言葉である。『湿度が65%以上になると食べ物は腐りやすくなるそうです。これからの季節、食中毒に要注意ですね。』と言うのだ。

 ジャガイモの芽を食べて中毒を起こしたことと、梅雨時の食中毒とは意味が違う。なんともずれたコメントである。校庭で育て15日に収穫したものを、翌日の午前中に調理したという。湿度が65%以上になって、一晩でジャガイモが腐ったとは考えにくい。ニュースの中でも、『芽を取らないなど調理方法に問題があった可能性があるという』、と伝えている。キャスターがその事実を捻じ曲げて(意図的にではなく、単なる無知で?)、あたかも梅雨時の食中毒であるかのようにコメントするのは、少々(いや、大いに)問題である。

 家庭科の調理実習というから、当然、家庭科の先生がいて調理の仕方を教えていたと思われる。しかし、その教師に、基本というか常識というか、ジャガイモの芽は食べたらいけない(お腹こわすよ)という知識がないとは、どういうことなのだろう。不思議でならない。家庭科の実習という場であるからこそ、「ジャガイモの芽は必ず取って…」と教えて欲しいと思うのだけれど。

 …と、ここまで書いてからNHKのニュースを見ると、3〜4cmの小ぶりのジャガイモだったとか、芽は取ったとか言っている。ついでに他のニュースも見てみると、どうやら十分に育っていないジャガイモを食べたらしい。食育だの何だのといったところで、いったい何を考えているのやら。いったい何をしているのやら。
2009年7月16日 20:08 | コメント (0) | トラックバック (0)

あなたの購読誌は?

 道楽という言葉なら知っているが、ど楽などという言葉は知らない。意味不明な「どらく」とは、”朝日新聞がビートルズ世代に贈る、こだわりエンターテインメントサイト”なのだそうだ。夕刊を見ていたら、その「どらく」の広告が出ていた。いま流行のチェックシート形式の広告である。45歳以上であるとか、インターネットをよく見るとか、ひとつひとつチェックして当てはまる項目が多い人は、”上質こだわり派のためのライフスタイル発見サイト”「どらく」をどうぞ…という仕掛けである。広告というのは広く知らしめるものかと思っていたが、イマドキはそうではないらしい。対するのは「あなただけ」である。

 夕刊2面にいくと、「ノジュール」という、これまた意味不明のタイトルの定期購読雑誌の広告が出ていた。JTBから出ている雑誌ゆえ、旅の話題ばかりである。私自身は全く興味のない雑誌ではあるが、これは”50代からの自分ライフが3倍楽しくなる定期購読誌”というのが謳い文句である。

 どちらも、群れることも型にはまることも大嫌いな私とはどうしても相容れない種類のものだ。50代60代になると「どらく」を読んでライフスタイルを発見し、「ノジュール」を読んで我も我もと全国各地を旅するなど、ジンマシンが出そうなほど嫌だ。何歳になっても「私はわたし」と、とんがっていたい私なのである。

 問題はその「わたし」である。時として自分でも持て余す。
2009年7月14日 21:27 | コメント (0) | トラックバック (0)

とりあえず…ということで、

 改正臓器移植法【A案】が、参院本会議でも賛成多数で可決、成立したという。意外である。信じられない気分である。本気かいな?という気がする。とりあえず、成立させてしまわなければ…というだけのことで賛成多数で可決したのであれば、そのツケは大きい。

 この改正によって脳死による臓器移植がどの程度増えるのか…。嫌なら親族が脳死判定を拒否することも、本人が生前ドナーになることを拒否することもできるとなっているのだから、すべては移植コーディネーターの腕しだいということか…。

 「虐待児から臓器が提供されないようにする」となっているらしいが、その意味は何か?虐待(加害者が存在する)により脳死となった子どもの命と、交通事故(加害者が存在する)により脳死となった子どもの命に、何の違いがあるというのだろう?

 とりあえず臓器移植の件数が増えるように、とりあえず15歳未満の子どもの臓器移植も可能となるように、とりあえず…、とりあえず…というのが【A案】だ。その【A案】がとりあえず可決・成立したにすぎない。問題は依然として山積である。
2009年7月13日 18:26 | コメント (0) | トラックバック (0)

ベランダガーデン・その後

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 忙しさにかまけている間に、ベランダはすごいことになってしまった。
朝顔はつぼみをひとつもつけないまま、ツルがどんどん伸びて、天井を這い出した。
毎朝、つぼみはどうした?と聞くのだが、未だに返事がない。
 ゴーヤは日に3度、水をくれ〜ぃ!と叫ぶ。2?のペットボトルでどぼどぼかけてやっている。
そのせいか、どんどん伸びて、葉が茂り、ツルが物干し竿を越えた。
天井を這い始めるのも近い。ゴーヤの雄花は、毎日数個ずつ開花する。
雌花は、今日始めて1個咲いた。さっそく農家のおばさんを真似て受粉を手助けした。

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 先日出会ったカマキリ君はどこへ行ったやら…、見つけ出すのは困難である。
今日は新しい客人がいた。青虫のアオ君である。
チョウになるのか蛾になるのか知らないが、追い出すこともないだろう。
しばらく見ていたが、その食欲は凄まじい。
出たばかりの葉はあまり大きくなく、みずみずしくておいしいらしい。
きれいに1枚食べてしまった。困るのは、食べた分だけのフンを落とすことである。

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 ベランダには、こんなすばらしい花も咲いている。「我が家の若い人がベランダを少し貸してくれという。好みのプランターを買い、花の種と肥料も買い込んでいそいそと土いじりを始めたのだ」と書いたのは、4月30日だった。それから2ヶ月ちょっと…、見事に花開いた。これは、苗からではなく種から育てたものだ。「負けられぬ!と、私も一念発起した…」はずだったが、私の完敗である。
2009年7月11日 19:20 | コメント (0) | トラックバック (0)

出会いの日?

 きょうは七夕。そして、満月。何かが起きる?まさか…ね。
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 いきなり目が合った。お互いしばし見つめ合って…
2009年7月 7日 8:43 | コメント (0) | トラックバック (0)

考えるべきこと、議論すべきこと

 朝日新聞オピニオン面(7/5付)「私の視点」は、臓器移植法改正に関して、「修正、医療全体と整合性図れ」という医師の意見だった。要点がよく整理され、非常にわかりやすく主張されている。そのなかに、「誤解と反発を恐れずに言えば」と前置きして書かれている部分があった。
 
 臓器移植議論の問題はここにある。当然議論されるべき事柄が、「誤解と反発を恐れずに言えば」と断ってからでなければ言えないというのは非常に問題である。
 脳死による臓器移植の問題は、本来は、推進派、慎重派などという対立的な立場で議論するものではないだろう。「私たちは、この問題をどう扱うことにする?」「こうしようか?」「それとも、ああしようか?」「では、こうしよう」というふうになるのが、国民の合意というものだろう。推進派、慎重派、どちらが勝った負けたの問題ではないことは確かである。

 これも「誤解と反発を恐れずに言えば」だが、もし死刑の手段が絞首刑から臓器移植のドナーにすることによって死に至らしめると変更されたとしたら、どうだろうか?臓器移植の件数を増やすことが第一義であれば、死刑囚の臓器というのもありうるはずだし、国民の合意があればそれも可能となるのではないか。その場合、脳死臓器移植推進派の人たちは善人からの善意の臓器は欲しいが犯罪人の臓器はイヤだというのだろうか。
2009年7月 6日 9:37 | コメント (0) | トラックバック (0)

迷う

 ぶたのたね?そんなものあるわけが…と思ったが、あるのである。佐々木マキ・作/絵の絵本「ぶたのたね」がそれ。幼稚園で団体購読していた、フレーベル館の「キンダーおはなしえほん」の1冊だ。今でも、本棚からすぐに取り出せるところに並べてある。なんとなれば、息子のお気に入りの1冊だったからである。ピンクのぶたが大好きで、ぶた…と言っただけでじわ〜っとよだれをたらすほどのぶた好きだったのだ。 
 そして20年後、「また ぶたのたね」が絵本館から出たそうだ。20年後に続編というのもすごいが、題名がとてもシンプルに「また 」とつけただけというのもおもしろい。話の続きは知りたいが、いまさら絵本を買うのはね…と迷っている。

 「折り紙でつくる、モチーフつなぎ」(布施知子・著 PHP研究所)という本も気になる。買うか図書館で借りるか…、これも迷っている。

 小さなことから大きなことまで、人はさまざまなことで迷うが、あそ〜さんの迷いは何だったのだろう。自民党の役員人事を諦めたのは、森さんからねちねち言われたからだという報道がある。「細田君は誰が選んだんだ?君が選んだんでしょ」と言って、幹事長交代をやめさせたらしい。変なところに”任命責任”を持ってきたものである。こりゃダメだと…思ったら交代させるのが、権力を持つ者の”任命責任”なのではないか。
2009年7月 3日 9:37 | コメント (0) | トラックバック (0)

7月は…

 梅雨らしい天気の日が続いている。少々鬱陶しいが、我慢しよう。外気温は低いが、部屋の中はジメジメする。エアコンを除湿でつけると、警告音がして赤い表示でNo.3と出た。販売店に連絡せよという。またか…!と思ったが、もう慣れたもので、いったん電源を切ってから入れなおし、今度は自動運転ではなくドライ運転を指定した。ほらね、ちゃんと動けるじゃない…というわけだ。外気温の方が室温より低いと、エアコンの温度設定がうまくいかず混乱するようだ。

 7月になっても、相変わらず世間は騒がしい。子どもの使いじゃあるまいし…という言葉があるが、あそ〜さんはもはや子どもの使いさえもさせてもらえないらしい。さっさと掃き捨てたいゴミに近い扱いだ。同情する気はないが、哀れではある。
 
 エコポイントですっかり忘れそうになっていた定額給付金だが、「妻にはやらぬ」と暴行したとして、夫が逮捕された事件(明石市)があったという。幸い妻に怪我はなかったというが、もし大怪我をしたり、あるいは死んでしまったりしていたら、どうだろう。家制度も家長制度も、もはや無いことになっているのだから、「国民ひとりひとりに」というなら、手間がかかろうが何しようが、実質的にひとりひとりに支給すべきである。政府は、ひとりの国民としての人権をどう考えているのだろう。

 このところずっと歯の調子が悪い。歯というよりは歯茎。菌が入り炎症を起こしたところが悪化した。レーザー治療をし、軟膏を注入し、様子を見ているがよくなる気配が無い。良くならないようだったら、冠をはずし、歯を切断して片側の根を抜くしかないと言われている。歯を切断…?恐ろしくて、夜も眠れない日が続く。
2009年7月 2日 13:42 | コメント (0) | トラックバック (0)