逃避行

 明日から4月、年度の変わり目ということで新聞は紙面の編成が変わり、FMラジオは番組が変わる。NHK-FMでは、9時20分から「にっぽんの歌、世界の歌」が始まった。以前は深夜に放送していた番組の内容を変えて朝に持ってきただけで、ナレーターは同じ人である。しかもご丁寧に、同日の夕方にさっそく再放送がある。

 月曜日の放送は、「早春賦」「春よ来い」「夕焼小焼」「月の沙漠」…etc.といった選曲だった。問題は「月の砂漠」(作詞:加藤まさを 作曲:佐々木すぐる)である。どうしたことか、真剣にその歌詞を感じ取りながら聴いてしまったのである。途中から鳥肌が立ってしまって…、こりゃどうしたことか…とますます真剣に聴いてしまった。

 これは逃避行じゃぁないか!そう思ったとたん鳥肌が立ったのである。「金と銀とのくら」も「金のくらにの銀のかめ」も「銀のくらの金のかめ」も身一つで逃避行を始めた二人の持てる唯一の財産ではないか!「二つのかめは それぞれに ひもで結んで ありました」や「おそろいの 白い上着を 着てました」
だなんて、逃避行としか考えられないじゃないか!

 4番の歌詞は、
  「ひろい砂漠を ひとすじに
  二人はどこへ いくのでしょう
  おぼろにけぶる 月の夜を
  対のらくだで とぼとぼと
  砂丘を越えて 行きました
  だまって越えて 行きました」  である。
最後まで鳥肌が立ちっぱなしであった。

 ふたりは、本当にどこに行くのだろう?あてがあるのだろうか?…たぶんそんなものはないのだろう。とぼとぼと、だまって、砂丘を越えて…どこへ行こうとしているのだろう?と思うと…………。

 一説には、ふたりは月へ行くのだという。ETが自転車に乗って月へ行ったように、ふたりはらくだに乗って月へ行くのだという。月の砂漠っていうくらいだから月に行くのだ…と(これは、我が家の若い人の説)。まぁ、そういう見方もあるかもね。ラジオでは「タンポポ児童合唱団」が歌っていたのだから、逃避行ってことはないかもね。
2009年3月31日 19:11 | コメント (0) | トラックバック (0)

まもなく4月

 高速道路、どこまで走っても千円!と、まるでそこいらのスーパーの売り出し文句のような割引が始まった。ニュースを聞いていると、神奈川の家族連れが四国まで讃岐うどんを食べに行くと話していた。高速道路料金が千円でも、神奈川から四国までを走るにはどれほどの燃料代が要るのだろう。果たして採算があるといえるのだろうか。
 さまざまな政策は、極端にいえば国民が豊かな生活がおくれるようにするためになされるべきものだが、休日に神奈川の一家が四国までうどんを食べに行くことが豊かな生活といえるのかどうか、人様のことをとやかく言う気はないにしても、私は疑問に思う。
 それよりも、平日の輸送トラックに限って割引をした方がずっと経済が活性化するだろうにと、経済の知識のない私でさえ思う。それは商品の価格に反映されるだろうし、そうすれば消費者にも恩恵があるというものだ。めぐりめぐってどこまでその効果が波及するか、そこまで考えた政策でなければ、定額給付金と同じである。

 さて、今日は千葉県知事選挙の投票日である。投票に行かないことは貴重な1票を捨てることになるという投票を呼びかけるポスターを見たが、どうにもこうにも私は気が進まないのである。皆さん揃って無所属の立候補だといっても、結局はウラに張り付いた政党がモノを言う結果になりそうだ。棄権もひとつの意思表示ということもあるし…などと言いつつ、投票には行かないかもしれない。いや、行く気になれないのである。

 話題をかえて、日曜は朝日新聞の書評の日だ。ちょっと面白そうな本が目についた。「言葉は身振りから進化した 進化心理学が探る言語の起源」(マイケル・コーバリス著 大久保街亜訳 勁草書房 3,885円)である。「言語は手からはじまり、口へと進化した」というのがその主張だという。
 とてもおもしろそうで興味をそそられる。私は、ある部分では退化しているのか、少し難しい文章を読むとき、その内容を手振りに置き換えると理解しやすくなる…ということがある。この本を読めばその謎が解けるかもしれないではないか。
 問題は、訳が読みやすいきちんとした日本語になっているか?だ。書評を書いている人は、原著者の要望だという”とってもくだけた”翻訳の文体も門外漢にはうれしい」という。私でも読めるだろうか…。読めるかどうかわからない本に3,885円も、私は出せない。このような誰もが読みそうな本ではないものが、図書館にあるだろうか?
2009年3月29日 9:47 | コメント (0) | トラックバック (0)

騒がしい

 北朝鮮からミサイルが飛んでくるやもしれずと騒がしい毎日だ。日本海には、アメリカや韓国、そして日本の海上自衛隊がイージス艦を派遣するらしい。地対空誘導弾パトリオット3で迎撃するつもりらしいが、そんなの無理と言う人(政府の人?)や、 指をくわえて見ているわけにはいかないだろうと言う人や、日本の近辺に落ちたほうが国民に緊張感が生まれてよいと言う人がいたり、…というように反応はさまざまだ。

 なにはともあれ、官房長官は情報はすばやく公開するからテレビやラジオをよく聞いて欲しいという風な発言をしていたが、日本の国土や国民に実害があることがわかって、それをメディアを通じて伝えたからといって、私たちにどうしろというのだろう。いまどき防空壕を備えた家(私が生まれた家には、せいぜい一家族が入れる大きさにすぎないコンクリートの防空壕があったが…)があるわけでなし…。

 北朝鮮が日本海をめがけてミサイルを撃ってくるとしたら、それは日本に対して云々というよりは、日本にあるアメリカ軍の基地に対してだろう。都知事がいうよう危機感を持たないといけないとしたら、それはいつまでも日本にアメリカ軍の基地があるということに対しての危機感だと思うのだけれど。
2009年3月28日 9:45 | コメント (0) | トラックバック (0)

絵と花と猫

 今年は東山魁夷没後10年にあたるというので、前から一度行ってみたいと思っていた市川市東山魁夷記念館(4月12日まで通常展を開催中)へ出かけた。静閑な住宅地を抜けると窓辺に花が飾れられた記念館に行き着いた。
 早い時間帯だったことと通常展期間中だったこともあり、まるで貸切状態である。さまざまな資料を気ままに見て回ることができた。湧き出でる、あるいは満ち溢れる情熱を絵に注ぎ込む画家もいるが、魁夷さんは抑えに抑えた情熱を静かに静かに絵に注ぎ込む人である。静寂な絵の前にしばし佇んでいると、いつの間にか自然のざわめき、ささやきが聞こえてきそうだ。
 
 大きな絵で見たいと思ったのが、「夕星」という作品(展示されていたのは新復刻画リトクラフィ)だ。1999年作の遺作である。左右対称、上下対称風の構図で描かれているが、その中にたった一つの小さな星が瞬いている。この星を描くために、こんなちょっとめずらしい構図になっているのだろうか…、そんな風にも思える絵だった。
・・・☆・・・☆・・・☆・・・

 東山魁夷記念館から駅までは、お寺の境内を通り抜け参道を抜ける。桜は開花はしたものの、寒さがぶり返したため見頃には少々早かったようだ。写真は、そんな中で見つけた一番咲きの桜だ。
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 このお寺の境内では、なぜか猫たちが悠々とくつろいでいた。声をかけると愛想よく返事をしてくれたのはこの猫さん(写真左)だ。「よく来たねぇ」と歓迎してくれるのはうれしいが、そばにいた別の猫さん(写真右)にカメラを向けると邪魔をしに来るのだ。「ねぇ、ねぇ、だってさぁー」と言う。「だってさぁーって、なんなのさぁー?」と言うと、「だって、だって」と言う。しかたがないので、お腹のあたりに手を差し入れてぱこぱこたたいてやると、それでいいのだと言う。変な猫だ。
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 もう一匹いた猫さん(写真左)は毛づくろいを始めた。それにつられてみんな毛づくろいを始めた。それを合図に、猫さんたちとさよならをした。
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2009年3月24日 19:22 | コメント (0) | トラックバック (0)

きょうこの頃

 気象庁の開花予想どおりに、マンション中庭の桜もちらりほらりと開花した。私の部屋の真下である。花見といえば桜の花を見上げるのが普通だが、私の場合は上から桜を見下ろす花見である。満開になれば鳥たちが遊びに来るのも見ることができる。気温が上がれば、今週半ばにも満開になりそうな気配である。
 
 さて、このマンションの世帯数は350〜360くらいである。あのお騒がせ定額給付金をさっそく支給した自治体の世帯数は、マンションの世帯数をほんのちょっと上回る程度である。どうりで、すぐに対応できたわけだ。青森県西目屋村では、”のし袋”に入れた給付金を村長が自ら村民に手渡し、一人ひとりに「おめでとうございます」と声をかけたという。”のし袋”というのも変だが、「おめでとうございます」はもっと変だ。
 また違った意味で変なことを考えたのが福島県川内村だ。村税滞納者に、給付金を受け取らず納税に充てるよう求め、応じなければ支給後に差し押さえるとする文書を送付していた(結局、文書は撤回したらしいが)という。総務省は制度の第一の趣旨に合致しないと言っているらしいが、それを言うなら、80ものNPO団体が寄付を呼びかけていることも第一の趣旨に合致していないではないか。

 変な話ついでに、朝日新聞に載った千葉県知事選挙の中盤情勢に関して。どの候補も無所属で立候補しているにもかかわらず、自民県議の約半数が支援するモリタ候補が一歩リードしているという。自民支持層の7割、民主支持層の4割、無党派層の5割、主婦層の5割の支持を受けるているという。それもこれも、俳優(元?今も?)という知名度故らしい。
 私はヘソマガリのアマノジャクのショウスウハなのでこの結果には不満だが、宮崎県や大阪府の知事さんたちのようになりたがっているとしか思えないこの候補を、単に知名度が高いからというだけで支持し当選させてしまったとしたら、それは千葉県の恥である…と私は思う。
2009年3月22日 10:30 | コメント (0) | トラックバック (0)

春爛漫

 この暖かさはどうしたのだろう…?と思うほどの昨日今日である。動き回っていると暑いくらいだ。東京の桜開花予想は、何と今週末だという。3月中には、早々と散ってしまうらしい。”入学式に桜”は、もうイメージ映像でしかない。新入社員の花見の場所取り仕事もなくなるか…。

 困ったことに、去年の今頃何を着ていたか思い出せない。黒ばかり着ていた私なのだが、明るい色の服が欲しくなった。だけど、何を買えばばいいのか…。ジャケット?セーター?

 さて…、なんだかよくわからない話がいろいろあるのだが、高速道路料金が千円になるという話もそのひとつ。高速道路の乗り継ぎは、列車の乗り継ぎ同様、あるいはそれ以上に複雑だから簡単ではないらしい。威勢よく一律千円だぜぃ!と言ったはいいが、現実にはそう簡単にはいかないという。そんなこともわからなかったのかしらね?
 また、高速道路料金がETCを利用すると大幅値下げされることと、車載器購入への助成制度も始まることとが相まって、(ETC)の車載器が品薄だという。フル生産しても需要に追いつかないのだそうだ。これが経済効果を狙った政策だとするなら効果があったということになるのだろうが、単に混乱を引き起こしているだけのようにも見える。

 驚いたのが、地デジ対応テレビに買い替える場合、国が中古アナログテレビを1台2万円で買い取ると言い出したことだ。これも追加経済対策だという。テレビの買い替え以外にもチューナーを取り付けるなどの方法もあるのに、2万円やるから新しいテレビを買えだなんて、余計なお世話である。ほどほど呆れるほどお金をばらまくのが好きな人たちである。真面目にすでに買い換えた人がどう思うかなど、おかまいなしである。
2009年3月19日 10:18 | コメント (0) | トラックバック (0)

出揃う

 今月最後の日曜日は、千葉県知事選挙の投票日だ。候補者が出揃ったところで、「知事選候補者アンケート」という記事が朝日新聞に載った。じっくりと見てみよう…。

 今回は5つの項目についてである。それぞれの項目について、5人の中で一番よさそうな人に○、一番ダメな人に×を付けてみた。
 まず「教育問題」…、目的とそのために政策を的確に並べている点でシライシさんに○、気持ちしか考慮していない点でモリタさんに×。(こどもに道徳心や公共心を持たせさえすれば、社会はよくなるというほど単純ではない。)

 次に「成田空港」…、「東アジアの玄関としての地位を確立してこそ、県の戦略的インフラといえる」とするヨシダさんに○、成田と羽田間にリニアモーターカーを通し、成田空港を世界に誇る国際ハブ空港にする」と夢見るモリタさんに×。(世界に誇らなくて結構。今でも頭の上をひっきりなしに飛行機が飛び交っている、しかも肉眼ではっきりと尾のマークが見えるほどの高さを、である。)

 そして「医療再生」…、取り立てて○を付けられる人も×を付けたい人もいない。(少しの違いはあるが、似たり寄ったりという感じ。)

 それから「子育て支援」…、「4500人の保育所にはいれない待機児のため、55施設を増設する。そうすることで働きたくても働けない親が働けるようになれば、5000人規模の雇用対策にもなる」というのがぬちゃんの皮算用に終わらずうまくいくなら、ヨシダさんに○、問題点はよくわかっているようなのに、具体的な政策がなにひとつ言えていないハッタさんに×。

 最後に「経済活性化」…、千葉県の問題として言及している2人のうち、可能性があると思えるシライシさんに○、夢みたいな話と思えるモリタさんに×。

 裏のことは知らないが、全員無所属での立候補だという。ハッタさんには共産党の推薦が、ヨシダさんには民・社・国・ネの推薦がついている。さ〜て、ね…、どうなのだろう?次回のアンケートは如何に?
2009年3月17日 9:25 | コメント (0) | トラックバック (0)

独断と偏見

 「とりあえずビール!」と注文する人は多いらしい。だが、「とりあえずビール」というのは優柔不断なのだという。白でもなければ黒でもないどっちつかずなのだという。だから、客が「とりあえずビール!」と注文したときに出すビールは、優柔不断メーカーのシマウマ印のビールなのだそうだ。

 これは、「ないもの、あります」(クラフト・エヴィング商會 著・筑摩書房)に載っている話…、という話を、昨夜若い人から聞いたばかり、という話。うッ、あははは…と笑ってしまうおかしさだ。

 ブッシュさんのように白か黒か?敵か見方か?と迫る人も困るが、優柔不断やどっちつかずの人もまた困った人なのかもしれない。だからといって、何でも断言すればよいというものでもない。それはそれで独断であったり偏見であったりしがちだ。
 
 自民党の総務会長が、「うつ病で学校を休んでいる教師は気が弱い」などと講演で発言したと報道されている。誰かがこの人のお口にチャックを付けに行った方がいいのではないかと思われるほど、不用意な発言を繰り返す人だ。「今、学校ではうつ病で休んでいる先生がいっぱいいる。国会議員の中には一人もいない。そんなに気が弱いと務まらない」とも発言したといわれているが、この認識に低さは…どうしたものだろう。下町の横丁の、仕事を引退した頑固親父ならいざ知らず、国会議員がこんな認識では国民は不幸だ。”口”害であるだけでなく、”実”害も出かねない。
2009年3月15日 9:40 | コメント (2) | トラックバック (0)

独断と偏見

 「とりあえずビール!」と注文する人は多いらしい。だが、「とりあえずビール」というのは優柔不断なのだという。白でもなければ黒でもないどっちつかずなのだという。だから、客が「とりあえずビール!」と注文したときに出すビールは、優柔不断メーカーのシマウマ印のビールなのだそうだ。

 これは、「ないもの、あります」(クラフト・エヴィング商會 著・筑摩書房)に載っている話…、という話を、昨夜若い人から聞いたばかり、という話。うッ、あははは…と笑ってしまうおかしさだ。

 ブッシュさんのように白か黒か?敵か見方か?と迫る人も困るが、優柔不断やどっちつかずの人もまた困った人なのかもしれない。だからといって、何でも断言すればよいというものでもない。それはそれで独断であったり偏見であったりしがちだ。
 
 自民党の総務会長が、「うつ病で学校を休んでいる教師は気が弱い」などと講演で発言したと報道されている。誰かがこの人のお口にチャックを付けに行った方がいいのではないかと思われるほど、不用意な発言を繰り返す人だ。「今、学校ではうつ病で休んでいる先生がいっぱいいる。国会議員の中には一人もいない。そんなに気が弱いと務まらない」とも発言したといわれているが、この認識に低さは…どうしたものだろう。下町の横丁の、仕事を引退した頑固親父ならいざ知らず、国会議員がこんな認識では国民は不幸だ。”口”害であるだけでなく、”実”害も出かねない。
2009年3月15日 9:40 | コメント (2) | トラックバック (0)

ふた

 打ち上げが延びに延びている若田さんが搭乗するスペースシャトル「ディスカバリー」は、またもや延期となったそうだ。燃料タンクに漏れが見つかったという。これは決定的な故障である。このスペースシャトルは、もう使い物にならないのではないか、そんな気もするが…。

 故障といえば家電も雪崩を打って故障する。不思議なものである。故障自体が不思議なのではない。次々と連続して故障するのが不思議である。

 家電の故障は慣れっこになっているが、風呂のふたが壊れるとは思いもしなかった。ところが、これも壊れるのである。当然といえば当然だが、なんとなくずっと使えるもののように思っていた。
 シャッター式のふたを使用しているが、真ん中から真っ二つになりそうである。それでも使えないことはないが…みじめったらしい。買い換えることにした。

 アマゾンへ直行しあれこれ探してみた。「組み合わせ風呂ふた」もいいかと思ったが、ぴったりのサイズのものが見つからない。シャッター式は掃除が大変で嫌である。ということで選んだのが、「折りたたみ風呂ふた」だ。
 前にも書いたかもしれないが、私はカラスの行水である。湯につかりながら本を読んだり…など、無理である。居眠りも無理である。溺れそうで怖い。70X120ほどの浴槽なら、ふたは半分も開ければ十分である。そっとふたを半分開け、するり浴槽にもぐりこんで、2分ほど温まって、するりと抜け出す。そのためにも、「折りたたみ風呂ふた」がよさそうな気がするのだが…?
2009年3月12日 9:07 | コメント (0) | トラックバック (0)

十人十色

 いろんな人がいるのは当然としても、こんな人もいるんだ…と思うしかないのが、財団法人「日本漢字能力検定協会」の理事長だ。文部科学省の実地検査が始まって1カ月になるが、「謝りたくないので会見はしない」と言っているらしい。
 自分のしていること、したことがどうのこうのという以前に、記者会見を開けば謝罪しなければならないものと思い込んでいるらしく、頭を下げるのは嫌だから会見はしないというだけのことらしい。変わったお人である。

 それだけではない。この期に及んでも、副理事長(会長の長男)が好きなプロ野球チームのユニホームに、「漢検」のロゴマークを入れる計画があるという。どうしようもないお人である。
 こうなれば、後はもう誰も漢字検定など受けないことである。あほらしすぎて話しにならない。

 かと思えば、こんな人もいる。新聞は事実を書かないから(自分のことを正確に書いていないと言いたいらしい)嫌いであるというあそ〜さんが、今度は、マスコミは官房副長官の発言を誤報したと断言した。オフレコ発言だったことをいいことに、証拠がないからと、誤報であると言い放ったのだ。しかし、すぐにその発言を撤回した。都合の悪いことがさらに明らかになってしまう可能性に気付いたらしい。
 気に入らないことには見ざる聞かざるで、都合の悪いことには盛んに反論を言い立てる。そんな都合のいいお人など、誰も信頼しない。
2009年3月10日 9:12 | コメント (0) | トラックバック (0)

金持ちよりは人持ちに

 梅の開花は例年より2週間以上も早まっているそうだ。桜の開花予想でも今年は早まりそうだという。あれもこれもみんな暖冬の影響らしい。4月の長雨というならわかるが、3月にこれほど雨の日が続くのも暖冬のせいなのだろうか。今日も朝から雨。

 今日の朝日夕刊に、心に残る言葉があった。作家吉武輝子さんの話である。「60歳過ぎれば人生思いのまま」…というのだ。「変な社会的制約から解き放たれて得をしていく」という。そのためには、『個人がいかに非力であるかを知ったうえで個人として生きられる―そういう人間でないと、家庭や地域で人間関係を築ける「人持ち」にはなれません』と、吉武さんは言う。……なるほど、なるほど。おそろしく意味深い言葉であることか。
2009年3月 6日 18:45 | コメント (0) | トラックバック (0)

祝儀袋の使い方

 早々と定額給付金が支給される自治体があるというニュースを見ていると、職員は現金をなんと祝儀袋に入れていた。紅白の水引が印刷されたアレである。う〜む、給付金とはそういう扱いをされるのだ…と驚いた。ありがたく、うやうやしく受け取ることを強要されているみたいだ。

 政府が自治体に後はよろしくやってくれたまえと丸投げしたおかげで、各自治体の対応はまちまちだ。それはそれでいいが、多くのところが寄付を募るといっていることは注目に値する。多くの人があそ〜さんの言葉などこれっぽっちも信用していないということが、ここまで明白にされるとは、これもまた不思議な驚きである。

 生活困難な父子家庭を支援するため寄付を募るNPOもあれば、支給の網から漏れた社会的弱者の支援基金として寄付を募る自治体もあったり、北朝鮮による拉致事件についての国際世論を喚起するため、意見広告を出そうと定額給付金で寄付を募るという人たちもいるそうだし、市への寄付を呼び掛ける文書を申請書と一緒に送付する自治体もあるという。

 あそ〜さんがどんなに言葉を取り繕おうと、もはや手遅れである。それっぽっちのお金で消費が刺激されるとは誰も考えないし、こんなやり方では本当の意味での生活支援にもならないと誰もがわかっているということだろう。
 すったもんだした挙句、定額給付金が予定通り支給されてもどういう結果になるか、あそ〜さんにはしっかりと目を見開いて検証してもらいたい。
2009年3月 5日 9:20 | コメント (0) | トラックバック (0)

寒い

 今日はひな祭り。でも、雪になりそうな気配。なんとも寒い。寒いといえば、日本は寒い。気候が…ではなく、政治が、である。あそ〜さんは、とうとう「定額給付金は受け取ります」と断言した。
 
 何某かの目的があって、それの達成のため何をするかがあって、それから具体的な方策があって、そして結果が出て、それを検証して、その目的は間違っていなかったか、その策は正しかったか、思い通りの結果が出たか…、と物事は進む。それが普通である。
 しかし、あそ〜さんのやり方は違っていた。選挙も近いことだし、国民にいい顔をしておきたい、とりあえずお金でも配っておこう、どんな名目がいいだろうか、そうだ定額減税しによう、それでは低所得者は恩恵を受けられない、では定額給付金にしよう、…なんじゃらかんじゃら云々。

 めぐりめぐって定額給付金を受け取ることにした理由として挙げたのは、「もともと生活給付と消費刺激というふたつの目的があったが、最近になって消費刺激という目的の比重が高くなったから」ということだという。そういうわけだから、定額給付金を受け取って「消費刺激に参加するということで」というのだ。

 一見、筋が通っているように見えるが、こじつけである。アレだけの資産家であれば、そんな給付金を受け取らなくても「消費刺激に参加する」ことは十分に可能だろう。冗談は休み休み言ってくれなどという言い方もあるが、冗談はやめてくれぃ〜と言いたい。生活には時に冗談も必要かもしれないが、政治に冗談は不要である。
2009年3月 3日 8:43 | コメント (0) | トラックバック (0)

百年

 あれぇぇぇ〜という間に3月である。かつては十年ひと昔と言ったが、今ではどうだろう? 五十年ひと昔か、百年ひと昔か…。このところ、何々百年という表現をしばしば目にするようになった気がする。

 今朝の朝日新聞読書欄に、「百年読書会始めます」という記事があった。新聞紙上での読書会だという。なぜ百年読書会?と読んでいくと、生誕百年を迎えた太宰の作品を読むからということらしい。四百字以内の感想文を募集するそうだ。しかし、これで読書会といえるのだろうか。感想を寄せた読者同士が繋がることがなければ読書会とはいい難いのではないかと思うのだが。

 ポプラ社は昨年暮れに「百年小説」を出した。これも太宰生誕百年と関連がある命名らしい。内容は、森鴎外から太宰治まで51人の短編を集めたものだという。短編だけを集めたというところは、なかなか魅力的である。しかし、1,333ページ、厚さ77mm.、A5変型判だという。とてもじゃないが重くて読めない。どんな姿勢で読めばいいというのだ。こんな書見台でも買わねば読めないではないか。「百年小説」が6,930円、「エッシェンバッハ」の書見台が10,290円、〆て17,220円。これは果たして安い買い物か、高い買い物か? どちらも百年後まで残るとすれば、どうだろう?
2009年3月 1日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)