生き難い社会に生まれて

 どんな人でも生きやすい社会の実現が、政治の第一の、最大の、究極の目的ではなかったかと思うのに、現実には誰もが生き難い社会となってしまっている。やりきれなくて…絶望感が漂う。
 小学校を卒業したばかりのたった12歳の少年に、「死んでお詫びします」と言わせ死に至らしめてしまう社会とは、いったい何なのだと思う。(卒業式での別れの言葉で大好きな学校と言うべきところを大嫌いな学校と言ったというが、「間違っえちゃたの?それとも、あるいは本音だったりして?」とかなんとか笑い飛ばせばいいものを、式の後に問い詰められたか叱られたかしたらしい。厳粛であるべき?卒業式で、一瞬シーンとしたからってそれが何だ?と、私は思う。笑い飛ばせばすむものを…。

 JR荒川沖駅構内などで通行人ら8人が死傷した事件の容疑者は、同居はしていても家族とは没交渉だったという。一方JR岡山駅でホームから男性が突き落とされ死亡した事件の容疑者は、仕事中の父親ともよく携帯電話で連絡を取り合っていたという。若者によるこういった犯罪が起きると、決まって家庭環境や家族関係が云々されるが、原因はたぶんそんな簡単なものではないのだろう。ある意味では、やはり誰もが生き難い社会になってしまっているということなのではないか。
 定職についていなかったとはいってもアルバイトはしていたらしい青年をなじる家族の意識は、たぶん時代にあっていなかったのだろうし、経済的な理由でいとも簡単に進学を諦めさせた家族には、奨学金などさまざまな手段があるということを知る状況になかったのだろうか。
 
 政治家は親子で過ごす時間を増やせとか何とかいうけれど、そういうことではないと思えてならない。若い人たちが、家族間だけの狭い世界ではなく、あんな大人もいればこんな大人もいるということを体験できる社会に身をおくことの方が、もっと重要だし有意義だと私には思えるのだが…。
 
 若い人たちだけではない。75才の男性が、「独り暮らしで寂しく、誰でもいいから傷つけて捕まりたかった」と刃物を持って交番に押し入ったという。老いも若きも、何故犯罪者になりたがる?なぜ刑務所に入りたがる?
2008年3月27日 8:42 | コメント (0) | トラックバック (0)