小学校では爪の検査があった。机の上にそろえてのせた私の手を見て、担任は「きれいな手をしている」とそっと言った。問題児扱いされていた私が、ただ一度だけ褒められた。きちんと爪の手入れがしてあることではなく、それは姿かたちのことだと幼いながらも直観した。無口な私に代わって手はしっかり自己主張をしていたのかもしれない。
 すっかり大人になった頃、男性から「きれいな手をしていますねぇ」と感に堪えないというふうに言われた。こういうときわどい状況を想像するかもしれないが、PTA行事の準備中、何かを手渡すために差し出した私の手を見てのひと言だった。
 そんな思い出を残しつつ今ではヘバーデン結節で指が曲がってしまった手が、ちょっと悲しい。



 「”手”をめぐる四百字 文学は人なり、手は人生なり」(季刊「銀花」編集部編 文化出版局)を読みながら、ふと私なら何をどんなふうに書くかなぁ?と思った。そして試してみたのが上の文である。活字の本なら思いもしないことを大胆にも思い、思っただけでなく書いてしまったのも、手書きの原稿そのものを集めた本のせいだ。この本を読めばきっと、誰でもそう思うに違いない。試しに読んで見ませんか?
2008年1月26日 13:54 | コメント (0) | トラックバック (0)