解せない

 どうにも解せないことがある。インド洋での海上阻止活動に参加している各国の駐日大使たちが、カナダ大使館で、与野党の国会議員に、海上自衛隊の補給活動の重要性を訴えるための説明会を開いたという。「関係国の大使館が各党に呼びかけ、与野党の国会議員約70人が出席した」というのだが、私にはどうにも解せない。
 海上自衛隊の活動をどうするかは日本の問題だし、今後どうしていくかは日本の国民や議員が考えていくべき事柄だ。”勉強”するために議員が関係者を呼んで勉強会を開くというならわかるが、開催者が各国の駐日大使で、その説明を聞きにのこのこと出かけて行った国会議員が70人もいたというのは、どういうことなのだろう。お人好しな日本が各国の手のひらの上で弄ばれているような、いやぁ〜な感じがしてならない。
 明日、海上自衛隊の補給艦「ときわ」と護衛艦「きりさめ」に撤退命令が出され、現行のテロ対策特別措置法は2日午前0時に失効するという。これまでの活動を総括し、国民に対して報告をしてくれるのだろうか。
2007年10月31日 16:47 | コメント (0) | トラックバック (0)

教育の原点

 ゆとり教育を反省した後は、農林水産・文部科学・総務の3省が連携して推進する「子ども農山漁村交流プロジェクト」だそうだ。その内容は、『小学校高学年の児童が農山漁村に約1週間滞在し、自然学習などの体験活動に取り組む』のだという。費用の大半は国が補助するため、予算は約22億円(宿泊費補助など)。
 表向きの狙いは「児童が豊かな人間性をはぐくみ、学ぶ意欲や自立心を身につける」というのだが、裏の狙いは「地域コミュニティーを活性化する」ためという。「将来は、拠点となる廃校舎の改修、研修施設などの整備も進め云々」となれば、本当のところは裏の狙いが主目的では?と勘ぐりたくなるのだが…。
 どちらにしても、子どもが利用されている気がしてならない。日本の義務教育は何を目的とし何を目指しているのか、もう一度思い起こした方がよさそうだ。
2007年10月30日 10:04 | コメント (0) | トラックバック (0)

ゆとり教育

 中央教育審議会は、中間報告「審議のまとめ」の中で「ゆとり教育」が行き詰まった原因を分析し、「授業時間を減らしすぎた」などと反省点を列挙するそうだ。反省点を具体的に示さなければ方針転換の理由が伝わらないからというのだが、そもそも中央教育審議会が”反省する”のは異例中の異例なのだという。間違いを認めそれを改めるのは当然としても、その間違った政策によって引き起こされた諸々のことに対して、その期間に義務教育を受けねばならなかった人々に対して、どう責任を取るのか…。

 たいていのことはこんな時代に生まれてしまったのも何かのめぐり合わせだと諦めるしかないけれど、義務教育がそんな頼りないことでは困る。義務教育は教育のなかの基本的な部分なのだから、もうそろそろ普遍的な内容や方法が確立されてもよさそうな気がするのだが…。貴重な成長過程にある子どもを実験台にしてはいけない…と思う。
2007年10月29日 12:21 | コメント (0) | トラックバック (0)

雨の図書館

 台風が近づいている。時々強さを増す風雨にメリーさんになりながら図書館へ。雨の日の本は軽く読めるものを…、と選んだのは次の3冊。

「空ばかり見ていた」(吉田篤弘著 文藝春秋)…この著者のものは時々読みたくなる。
「背中の黒猫」(鹿島茂著 文藝春秋)…この著者の名は近頃頻繁に目にするような気がする。
「センセイの書斎 イラストルポ 「本」のある仕事場」(内澤旬子著 幻戯書房)…三十一人三十一様の書斎のありさまが興味深い。

 3冊も本を入れて重くなったバッグもなんのそのとホクホク歩いていたら、車が水溜りの水を思い切り飛ばして行った。ひどいじゃないの…私にかけるなんて。
2007年10月27日 12:24 | コメント (0) | トラックバック (0)

当籤

 昨日の帰り道、思いがけないところで宝くじ売り場が目についた。昨日は木曜日、ロト6の抽選日だ。売り場が目についたのも何かの縁…と、1枚購入した。私が選んだ数字は、09・1218・25・30・37だ。私にとっては、すべてが意味有りの数字だ。昨日の抽選本数字は、12・13・15・18・30・41だ。申込数字が本数字3個と一致すれば5等当籤(千円)だ。ちょっとうれしい。 25ではなくて15で申し込んでいれば…なんてことはいわないことにしよう。当籤金で来週も買えるのだから…。
2007年10月26日 9:41 | コメント (0) | トラックバック (0)

献血

 朝から近くの工事現場がうるさい。ミキサー車だ。たいていの騒音は我慢できるけれど、この音だけは耐え難い。こんな日は…そうだ!図書館へ行こう!ついでに延び延びになってしまった献血もしてこよう。小さな手帳が欲しいのでロフトにも寄ってこよう。秋晴れのせいか、次々と予定が増えた。まずは献血だ。

 10時きっかりに入った献血ルームにはすでに先客が数人いた。いつものように受付で200mlの全血献血というと、「成分献血はお願いできませんか?」という。断る理由もないので、「それじゃぁ…やってみます」ということになった。全血献血はなら200でも400でも全く平気な私だが、成分献血はちょっとばかり怖いのである。私の場合は血漿成分献血しかできない(理由を知ればハッと気づくことがあるかもネ)のだが、お願いしますといわれれば断るわけにはいかない。覚悟を決めた。問診表は全血の場合より1枚多かった。条件が難しいらしい。ここですでに覚悟が揺らぎ始めたが、あとには引けない。

 次は問診と血圧測定だ。血圧は少々高め。この1年間に心電図の検査はしたか?と聞かれNOと答える。健康診断など一度もしたことがないのである。次は血液比重測定。比重は十分である。では、心電図をといわれ逃げ出したくなったが、ここでやだ!やだ!ではこどもである。ぐっと大人になって心電図の検査を受けた。簡単だった。やたらと線をテープで体に貼り付けるイメージがあったのだが、手足はクリップで挟み、胸部はぺたりぺたりと吸盤で貼り付けるだけだった。あっという間にそれも済み、「問題ありませんので成分献血をお願いします」という。もう本当に逃げられない。

 私の献血量は350mlだった。痛くはなかった。ところが、途中で体温が下がってきた。私はのんきに、部屋の温度が下がってきたのかなぁ、ちょっと涼しくなったようだと思っていたのである。体温が下がると血液の流れが遅くなるという。「ちょっと暖めます」といって、暖かいジェル状のものを手に握らせ、採血をしている腕の付け根の辺りにものせ、タオルで上半身をすっぽり包み…と、ちょっと大変なことになってきた。しかし、まもなく体も温まりほどなく採血は終わった。ほっとした。全血献血と違って最後にも一度血圧測定をした。ほんの少し下がっていた。所要時間は1時間半だった。

 採血後も特に問題はなかったが、休憩時間も入れると約2時間を献血ルームで過ごすのは、私には少々大変だった。図書館はまたにしよう…ロフトで手帳を見て帰ろう…帰って少し休もう…。朝の”そうだ!○○へ行こう!”の元気は失せた。
 献血をするのはそれを必要としている人に使ってもらうため、200mlよりは成分献血を…という意味はよく理解できる。できるが怖い。なかなか自分からは献血の種類を変更できなかった。勧められたりお願いされたりというのはひとつのきっかけである。あえて勧められたりお願いしたりするのは訳あってのことだろう。そう思えば、むげに断ることはできない。これからも成分献血をすることになるだろう。成分献血の場合年間24回までできるらしいが、私はとてもそんなにはできそうにない。2ヶ月に1回が限界である。どんなにがんばってもそこまでである。
2007年10月25日 14:23 | コメント (0) | トラックバック (0)

抵抗

 広辞苑が10年ぶりに改訂されたという。現代語など約1万項目を追加したそうだ。例えばとして毎日新聞では、<私と「ラブラブ」の彼は「めっちゃ」「いけ面」で「癒(いや)し系」なのに、「メタボリック症候群」で、ちょっと「うざい」……21世紀にはこんな言い回しも、国語として「どんぴしゃ」らしい>という文章を載せている。コレを日本語の文章と認めなければならないのは、個人的にはチト辛いものがある。小説もこういった言葉で書かれるようになるのだろうか、あるいはもうなってるのだろうか。上の例文のなかの「どんぴしゃ」などは、昔から俗語として使われていたように思うが、それが新語に昇格したのだろうか。辞書に載せるということは広く社会が受け入れたということにほかならないが、私には「うざい」などという言葉を受け入れることは難しい。
2007年10月24日 9:45 | コメント (0) | トラックバック (0)

日々の歴史

 ここで”遠慮会釈もなく”という言葉を見て、そうだそうだそういう言い方があった…と思い出した。思い出せねばならないほど、近頃ではトンとお目にかからな表現だということだ。遠慮も会釈もないことは、非常に下品なこととされていた。その言葉・表現を失ってしまうほど、社会は下品になってしまったということか…。このブログは共感できるところが多いので時々読むのだが、10月23日付けの記事にも共感するところが多い。

 先日、皇居東御苑を散策したとき、その一帯が時代の変化に影響されず、東京という大都会の中心にそのまま存在し、昔も今も変わらず真っ白の割烹着姿の女性たちが清掃奉仕をしているようすに、強い違和感を感じた。この状態を維持し続けているのは、日本の国民でもなければ皇室の方々自身でもなく、日本を占領したアメリカの思惑だということに気づかされた。

 多くの日本人がどれほど気軽に海外へ出かけるようになろうが、日本が島国であるということには変わりがない。島国であるということによって長年にわたって形成された日本国民というものの特性を、しっかりと自覚しなければ、表面上では国際社会の一員だの世界に伍していくだのといっても物笑いである。
2007年10月23日 9:02 | コメント (0) | トラックバック (0)

そういうこと

 タンスの角に右足をぶつけた。小指の下あたりである。一番痛いところだ。痛いじゃぁないか!と思ったが、案外早く痛みも治まりそれっきり忘れた。翌日、足を見ると恐ろしい色になっている部分がある。右足の小指の下あたりが、五百円玉大に青くなっている。ぶつけたことなどすっかり忘れて、何故だ?と本気で思った。

 日曜の朝、いつもより1時間ほどゆっくり目覚めた。カーテンはまだ閉まっていたので暗かった。立ち上がって数歩歩いたところでよろめいた。バランスを崩したのだ。体勢を整えようとすればするほど、体がコロコロと右へころがった。

 今日明日の健康に問題はないかもしれないが、秋の後ろから冬が忍び寄って来ているように、ちょっとしたことの後ろから明らかな老化が忍び寄っていた。嫌でもそう自覚するしかなかった。
2007年10月21日 9:11 | コメント (0) | トラックバック (0)

この階段さえ下りれば

 犬を背負って帰りを急いでいた。雨まじりの冷たい風が吹き荒れていた。廃墟のような街である。行き交う人はみな灰色の顔をしていた。私は背中の犬を励ましながら、もうすぐよ、もうすぐよ、と繰り返していた。 

 ピラミッドのような大きな高台からは、45度の傾斜で階段がついていた。まわりは吹きさらしである。背中で弱っていく犬を気遣いながら、私は恐る恐る階段を下り始めた。この階段さえ下りれば、この階段さえ下りれば…、どうなるというの?背中の犬は何?と、疑問が湧き始めたところで目が覚めた。
2007年10月20日 11:10 | コメント (0) | トラックバック (0)

ラジオを聴く

 今週の「ベストオブクラシック」(NHK-FM 19:30〜)はヨーロッパの古楽だ。昨日の解説者というか案内人は矢澤孝樹さんだった。どういう人か知らなかったのだが、お話が上手でいつのまにか引き込まれて聞き入っていた。聴くだけでも楽しい音楽がより一層楽しく聴けるようなお話の仕方だった。上手なのだ。どういう人かと興味を覚え検索してみると、こういう人だった。道理で…と納得した。

 昨日は、イル・ジャルディーノ・アルモニコの演奏会から、テレマン作曲「リコーダーと弦楽のための組曲」、ヴィヴァルディ作曲「弦楽のための協奏曲」、バッハ作曲「バイオリン協奏曲」、テレマン作曲「リコーダーとフルートのための協奏曲」、バッハ作曲「ブランデンブルク協奏曲」…と、ため息の出るようなプログラムだった。OLYMPUSの「Radio Server VJ-10」が欲しいなぁと思うのはこんな時だ。
2007年10月19日 13:00 | コメント (0) | トラックバック (0)

ターゲット

 昨日、ほうほうの体で東京駅にたどりついた私たちは、見物かたがた新丸ビルでお茶にすることにした。目当ての「アフタヌーンティー・ティールーム」にはパイはなく、”スフレ”しかないという。スフレではダメである。ガイドブックを見ながら選んだお店は「ig cafe」、「本物の味を気軽に楽しく」とプロの想い溢れるフレンチスタイルのカフェ だという。パティシエ自慢のスイーツ、厳選された素材やプロのテクニックから生み出される数々のカフェメニューを提供…というお店だ。
 スイーツもコーヒーもお味はよかったが、”プロの想い溢れるフレンチスタイル”はいただけない。込んでいたのでまずは順番待ちをして、案内されてからレジカウンターで注文し支払を済ませ、トレーに載せたスイーツ&コーヒーを恐る恐る捧げ持ち、また案内を乞うてやっと席につける。こんな手の込んだというより、勿体つけたスタイルがフレンチスタイル?このビルは30、40歳代をターゲットにしているとは聞いていたが、お若い人たちはこんなスタイルがお好み?

 連れさんが朝食用のパンを買いたいというので、ベーカリーを捜し求めて地階へ。とてもベーカリーとは見えない店構えのお店だ。”青山「デュヌラルテ」、吉祥寺「ダンディゾン」に続き、淺野正己氏がプロデュースするベーカリー”だという。コンセプトは、「メイドインTOKYO」だそうだが、それって何?
 カウンター上に並べられたパンから欲しいものを選ぶと店員がトレーに載せてくれるのだが、そのトレーを渡してくれるわけでもなく、紙切れをくれるだけで奥のレジへ行けという。奥のレジで、やっと料金の支払いと引換えに商品を渡してくれるという仕組みだ。アァ、なんというまだるっこしさなのだ。いったい何をもったいぶっているのだ。

 ターゲットを絞った店つくりをする意図がわからないわけではないが、おばちゃまたちはお呼びでないらしい。それって、何なんだろうなぁという気がする。年齢や身分や職種やありとあらゆる属性で人を分類したがるのは、何なんだろうなぁ…。これまでは、大人と子ども、素人と玄人、そのくらいの分類しかなかったような気がするのだが。
2007年10月18日 12:25 | コメント (0) | トラックバック (0)

初めての東京風景

 秋晴れの1日、美術館へ。東京国立近代美術館で「平山郁夫 祈りの旅路」を観た。これまで関心のなかった画家ではあったが、心惹かれる絵も何点かあった。そのひとつが、「平和への祈り サラエ戦跡」だ。作者の思いが重く伝わってくる絵だった。もう少しゆったり観賞できればよかったのだが、ファンが多いのか、最終日が迫っていたからか、思いのほか混雑していた。

 東京国立近代美術館は竹橋にある。竹橋といえば、「何もない」と思い込んでいる私たち(いつもの連れさんと私のことですよ)は、とっとと帰るつもりだったが、あまりの天気の良さに「ちょっと歩きましょう」と大手町まで歩くことにした。右手は皇居東御苑である。ふと見ると、人々が橋を渡って入って行くのが見えた。不思議に思いつつ、私たちも後に続いた。

 今日の今日まで、皇居東御苑が公開されているとは知らなかった。しかも入園は無料だ。…ということは、ここも自分の庭のように散策できるのだ。…というわけで、大きな顔をして散策を楽しんだ。平川門から入り、ぐるっとひとまわりして大手門から出た。へぇ〜、ほぉ〜、まぁ〜、ふ〜ん、こんなところにこんな建物が…と、物珍しく見物した。

 大手門から出たあと、調子に乗って東京駅まで歩くことにしたのが間違いだった。道に迷った。大手門からあの有名な二重橋、そこから祝田橋交差点まで来て、はて?東京駅はどっち?である。クルマがビュンビュン走るばかりで方向がわからない。運よく自転車でやって来た警官に道を聞き、JR有楽町駅への道を教えてもらった。東御苑からクルマばかりの交差点、そしていつもの有楽町と、場所も時間も時代もワープしたような変な気分だった。東京とは、ヘンな街である。
2007年10月17日 18:45 | コメント (0) | トラックバック (0)

先人の教え

 人の振り見て我が振り直せ…と、先人は教えている。それを思い出しぐっと堪えたが、今日ばかりはどっ〜とストレスがたまった。ストレスは再生産してはならない…と、かつて教えてくれた人もいた。甘いものをひたすら(といっても、アップルパイをひとつだけだからご心配なく)食べてストレスを解消した。自己のストレス解消のために他人にストレスを与えるような言動をしてはならない…、と心した。まさに、人の振り見て我が振り直せである。
2007年10月16日 18:42 | コメント (0) | トラックバック (0)

脅し

 「コレは新種の脅しか?」と思ったのが、中谷安全保障調査会長の「給油活動に反対するのはテロリストしかないのではないか」という発言だ。ほんの半世紀ちょっと前、戦時中といわれた時代、国のすることに批判的な国民は非国民と言われたという。21世紀になったというのに相も変わらずである。
 給油活動に異を唱えるものはテロリストとみなすが、それでも反対するのか?…というに等しい発言だ。何が何でも通そうとするあまり、ずいぶん無茶なことを言ったものだ。少しはまともかと思っていた人の発言だけに、恐ろしさを感じる。日本はソコまで来てしまったのか…と。

 狭い道で、保育園児のお散歩に出会った。相手の方が人数が多かったので、私は道を譲った。引率者が会釈して通ったあと、お散歩がよほど楽しかったのだろうか、一人の園児が私に向かってバイバイ!と手をふった。思わず顔がほころび、私も手をふった。元気な男の子だった。この子はどんな時代を生きるのだろう。議員さんたちは、本当にあの男の子の将来をも考えているのだろうか…。油の次は人を…とはならないという保障はどこにもない。
2007年10月15日 13:10 | コメント (0) | トラックバック (0)

怒り

 「怒り」には、喜怒哀楽の感情的な怒りとは別の意味のものがある。どう説明すればいいのかわからないが、「怒り」を忘れない生活をしよう(ブログの9.23にある)…というときの「怒り」である。
 感情的な怒りを表す人は多いが、この別の意味の怒りを忘れている人もまた多い。私たちは、牧羊犬のいうがままに動くようなヒツジではないのだから、「怒り」を忘れてはならないのだ。

 田中角栄の娘が質問に立った12日の衆院決算行政監視委員会のようすを、「角福戦争」の再来と評すメディアは何を考えているのだろうと思う。このような報道がなされるのも、国民が怒りを忘れているからに他ならない。誰の息子であろうが、誰の娘であろうが、そんなことは問題ではない。総理大臣としてどう答弁するか、一人の議員として何を質問するか、大切なのはソコであるし、国民が注目すべきところもソコである。福田赳夫の息子、角栄の娘、などということは、”おまけ”でしかない。
2007年10月14日 10:10 | コメント (0) | トラックバック (0)

今朝のこと

 はっきりと気温が下がってきた。最高気温が20℃に達しない日もある。秋冬物の衣類の整理をすると、スカートが1枚行方不明である。はく機会の多い黒の少し長めのスカートだ。どこへ行ったのだろう?まさか、クリーニング屋さんに出しっぱなし…ということはないと思うが、記憶がない。お〜い、やぁ〜い、どこへ行ったぁ〜?と、記憶の隅々まで辿ってみるが、思い出せない。
 老化現象の何が嫌って、記憶が曖昧になることほど嫌なことはない。ものごとは関連付ければ何とか思い出せるものだが、その関連付けが難しくなってくるのだ。あぁ、困ったなぁ、黒のスカートがない…

 朝早く、まだ夜が明ける前、工事現場の方から不審なモノオトがした。車を動かす音である。車といっても小さな車ではなく、少し大きめのトラックか何かのような音だった。近くのアパートで夜逃げならぬ朝逃げでもする人がいるのかと思ったが、そうでもないらしい。まだ暗い5時前である。近くのコンビニのATMを襲うために工事現場の機械を持ち出そうという人でもいるのだろうか。暗闇は、想像をどんどん膨らませる。なんだか不安で怖くて、朝食用の目玉焼きの黄身が崩れてしまった。
 夜が明けて、何事もなかったようだった。工事現場は8時が作業開始だが、土曜の朝にあんなに早く仕事に来た人がいたのだろうか?
2007年10月13日 10:00 | コメント (0) | トラックバック (0)

方便

 何がいけないかって、嘘をつくことほど罪深いことはないと私は思うのだが…。「赤福」が製造年月日を偽って表示、販売していた疑いがあるとして調査しているという。「赤福」といえばお伊勢さんのお土産である。お餅もやわらかくアンもやわらかく、木へらですくうようにして箱から取り出す餅菓子である。
 甘いもの好きの父は、なぜかいつもお土産に「赤福」を買って来ていた。お伊勢さんへしばしば行ったというのではなく、デパートで買ってくるのである。内心また赤福か…と思いながら、お相伴にあずかるのだった。
 その「赤福」が…。老舗といわれるところが、どうして製造年月日を偽るのか…。製造年月日や賞味期限は、どこまで厳密でなければならないものなのか…、いろいろと疑問の多い問題である。

 福田さんにも、あて名を書き換えた領収書が計112枚、金額で約950万円(04年分から06年分)もあるらしい。厳密に言えば嘘をついているわけだが、その認識に乏しく、その業界内では常識化しているところが問題である。
 全ては方便である。問題は、方便は悪いことではないと多くの人が思っているらしいところにある。辞書を見ると、方便嚢という言葉があった。「種々のものを入れておく袋」のことだそうだ。なるほど、確かに便利なものである。
2007年10月12日 9:38 | コメント (0) | トラックバック (0)

投資信託

 日経平均株価が急騰している。「アメリカ格付け会社ムーディーズが日本国債の格付けを引き上げたことなどを好感し午後の取引に入って急騰」と説明されても、私には理解できないのだが、現時点では260円以上も上がっている。先日から上昇気流に乗ったかのようだ。

 このあいだまでは中国の株とアメリカの株の影響で、ひどく下がっていた。私の買っている投資信託はどれもこれもすっかり減ってしまって、見るも哀れな状態だった。ところが、ある「世界のエマージング諸国・地域(中南米、東南アジア、東欧諸国、中国、インド、ロシアなど)の株式に投資している追加型株式投資信託・国際株式型」という商品は、目覚しく上がってきた。現時点では、元手に対して26%位の益だ。問題は、いつ解約するかである。もう少し上がるんじゃぁないか…と欲が出る。しかし解約時を誤まれば、26%の益もパァになる。その判断は難しい。さて、どうするか…、もう少し様子見を続けるか…う〜む
2007年10月11日 14:12 | コメント (0) | トラックバック (0)

火傷

 先日、蒸気で火傷した。調理中のことだった。煮込み中の鍋の蓋の隙間から勢いよく噴出している蒸気に、腕をにゅっとかざしたのである。腕の内側の白くて柔らかい皮膚が、あっという間に赤くなった。大きさは人差し指の先くらい。大急ぎで水道水で冷したのはいうまでもない。が、それだけでは心配なので、保冷剤を押し当て冷し続けた。
 幸い水ぶくれはできなかったので、そのまま放置した。あれから何日、何週間経ったか…、やっと直ってきたようだ。表面の皮膚がパリパリして剥がれそうだ。下には、新しい皮膚がきれいに再生されている。
 気をつけなきゃ…、とはいつも思っている。思ってはいるが、そのわりには気にかけていない。ガス台の3つの火の上を、猫の手も借りたいとばかりに、2本の手が6本にも8本にもなったかのように行き来する。火傷をするのはそんな時だ。 よぉくよぉくわかってはいるのだけれど、ついつい…やってしまうのよね。
2007年10月10日 19:11 | コメント (0) | トラックバック (0)

PASMO使えます

 最寄の駅まで行くバスの、待ちに待ったPASUMO利用サービスが開始された。バス停で(私の場合はSuicaだけれど)Suicaを握り締め待っていると、坂の上からバスがやって来た。「PASUMO使えます」と書いたピンクのゼッケンを胸につけ、お待たせぇ〜とやって来た。
 「準備中」と書いた覆いがはずされた機械にタッチすると、ピッと小気味よい音がした。内心”うふふ…”である。100円玉や50円玉の準備に気を使わなくて済む。これは大きな変化だ。
 そう、かなり大きな変化なのだった。お財布の中のお金が移動しなくなったのである。入ったら入ったまんま(先日の弐千円札もそう)、なのだ。私にこんな日が来るとは、思いもよらなかった。便利だとは思うけれど、本当にこれでいいのかなぁ?という思いもある。よくないというならドコがドウよくないのか?と聞かれても答えられないけれど。
2007年10月 9日 18:28 | コメント (0) | トラックバック (0)

 月曜日の祝日はどうもいけません…、何の日だっけ?としばし考え込む。そうそう、今日は体育の日だった。10月10日なら晴れるが、8日の体育の日では晴れない。午後には雨が降り出しそうだ。

 10月10日といえば、亡き父の誕生日だった。子どもの頃の我が家は7人家族だった。しかし、家族の誕生日は5回しかなかった。そのうち2回は祝日だったが、今はどちらも祝日ではない。さて、この○○家の家族の誕生日はどうなっていたのでしょう?

 体育の日恒例の話題のひとつ”こどもの運動能力の低下”も、どうやら底をうったらしい。今のこどもの生活は運動習慣が少ないという。こどもといえども、何かと忙しそうだ。ところが高齢者は時間もあり、昔の高齢者と比べて運動習慣が増えている。今のこどもも、高齢者といわれる年齢になると運動習慣が増えるのだろうか。
2007年10月 8日 9:08 | コメント (0) | トラックバック (0)

チョコレートの季節

 やっと秋らしい気候になって、チョコレートの季節がやって来た。チョコレートさえあればご機嫌というほどのチョコレート好きである。イマドキのうす〜いうす〜い板チョコはチョコレートにあらず、板チョコは割るのに苦労するほどの厚みがなければ…と思い込んでいるチョコレート好きである。
 キットカットは厚みはあるが、細いしウエファース入りだ。わざわざ選ぶほどのチョコレートではない。そのキットカットが瓶詰めになったという。変わったことを考える人がいるものだ。瓶詰めのチョコレート?

 飲料の自動販売機で売りたくて瓶詰めにしたらしい。チョコレートを自動販売機で売る必要性がわからないし(コンビニで買えば済む)、重さの問題で瓶詰めにしたらしいが、その空き瓶の行方は?全般的に簡易包装を目指している昨今において、わざわざ瓶詰めにするのは何故?チョコはチョコッとポケットに入っているのがいいのに、瓶詰めではポケットに入らないではないか。

 おでん缶とかいうヘンテコリンなものやラーメン缶とかいう怪しげなものが流行っているから、それに倣ってということらしいがとても売れるとは思えない。飲料を買ったついでにチョコ瓶も買ってってネ…と言っても、そう上手くいくかしらね?少なくとも…私は買わないワ。
2007年10月 7日 8:31 | コメント (0) | トラックバック (0)

弐千円札

 「ちくま」の年間購読を継続するためお金を振り込みに行った。郵便局が郵便事業株式会社になってから初めてである。どこがどう変わったのかよくわからないが、1万円札を出すと、お釣りに弐千円札が混じっていた。弐千円札が混じってもいいかと聞かれて嫌だとはいえず、あらぁ、弐千円札なんて初めてですワ…などと言ってみたりして。

 切手もついでに買っておこうと、鳥の切手シートを買うことにした。千円である。一瞬ここで弐千円札を使っちゃおうかと思ったが、いくらなんでもそれでは右から左だ。ひとまず財布のなかで眠らせることにした。
 最新の偽造防止技術が詰まったお札だというが、やはり凝りすぎているのだろう。あまり魅力的なデザインではない。偶数のお札というのもなじみがなく、どことなく使いにくい。1週間がひと月か…しばらく寝かせてから、追っ払うことにしよう。

 来年のカレンダーが出始めた。「みすず美術カレンダー 2008」はムンクだという。よく知られている暗いムンクではなく、後期の明るいムンクだそうだ。また、郵便局へ行く用ができた。その時に弐千円札を使ったらマズイかな…?
2007年10月 4日 18:51 | コメント (0) | トラックバック (0)

問題点

 細かいことにこだわるようだけれど、どうにもすっきりしないのが海上自衛隊の補給艦による多国籍軍への給油活動に関する新法骨子案。「補給艦への給油を中止すればいいでしょ?」的な考え方は、どうもね…。給油活動そのものが目的になってしまっている感じがするが、それは手段。何のために給油活動を請け負っているのか、ということなんだけれどなぁ。そこのところをはっきりさせて欲しいのだけれどなぁ。そこを考えれば、「補給を受けた後に従事する活動の内容は、日本がテロ対策特措法に基づいて補給を行った趣旨を踏まえて各国が決定するもので(それは建前でしかない?)、日本政府として詳細を承知する立場にない」というのはヘンだと思うのだけれど…?
2007年10月 3日 13:44 | コメント (0) | トラックバック (0)

正す

 ひとつの国に厚生労働大臣はひとりしかいない。その意味を考えれば、その責任の重さ、その立場が理解できるはず。…と思うのに、「社保庁は信用ならない。市町村の窓口はもっと信用ならない」と発言したというこの大臣は、いつまでたってもそれがわからないようだ。相変わらずで、テレビでぺらりぺらりとしゃべっていた”平”の議員の頃と何ら変わらない。その発言に対し抗議文を送りつけた自治体があり、同調する自治体の数も増えているらしい。

 しかし、それらを意に介することもなく、「目の前に現金があり、借金に追われていたら、とっちゃう。人間の弱さを前提にして(制度設計を)やった方がいい」と再反論したという。何を考えているのだろうか、この人は?
 例えば、スーパーやコンビニで。「目の前におにぎりがあり、空腹だったら、とっちゃう。人間の弱さを前提にし(オープンスペースでの商品の陳列はやめ、レジカウンターの奥に並べるなどの方法を)やった方がいい」…こんなこと誰が言う?
2007年10月 2日 9:25 | コメント (0) | トラックバック (0)

秋はどこへ行った?

 10月が始まる。相変わらず雨が降り寒い。堪らず長袖のセーターを着込んだ。さて、10月…。4月を新年度の始まりとすると、1年の後半が始まった。今日から開始したのは、日本郵政グループ(JP)・緊急地震速報の本格運用・大学入試センター試験の願書受け付け・再開国会…。変更したのは、「MSN毎日インタラクティブ」が「毎日JP」へ、「Sankei Web」が「MSN産経ニュース」へ。
 
 「これ、ちょっとおもしろいですよ」と勧められたのがコレ。90%以上の的中率だという。恐る恐るやってみた。ギョッとする結果が出た。遊び半分の気持ちではしない方がいい。一匹狼だと言われれば確かにそうだし、ストイックだと言われればそれもそうだし、孤独だと言われれば孤独は私の幼馴染だと嘯く私だが、アンタの性格はコウだ!と断定されると、あまりいい気分ではない。だからドウだっていうのよ!?と開き直りたい気分。私はかなりのヒネクレ者?
 そんな人のために、こんな本『生きるのがラクになる「新エゴグラム」』(福井尚和・著 集英社be文庫 )もあるらしい。その第4章は、『あなたを“息苦しさ”から解放する、タイプ別対策』。第5章は、『このタイプには、こう対応すればうまくいく!シチュエーション別攻略法』。しかし、根っからのヒネクレ者は、このタイプの本は嫌いである。困ったね。
2007年10月 1日 12:17 | コメント (0) | トラックバック (0)